Interval-③
俺には、最愛の妹がいる。
名前を十愛というその子は、とても美しくて、可愛くて、人の目を惹きつけてやまないような美貌を持った女の子だった。
俺と血が繋がっているはずなのに、俺とは似ても似つかないその容姿は、まるで天使のようで。俺は幼い頃からずっと、その無垢で美しい存在を守ってあげたいと、ずっと、そう、思っていた。
まるで何もない田舎の、その地域ではいちばんの権力を持っているような家が、俺と十愛の実家だった。母はおらず、父親と十愛と俺の三人暮らし。父は厳格な人で、俺を家の後継ぎに育て上げようと、ありとあらゆる教養を身につけさせようと、躍起になっているような、そんな人だった。
そんな父が牛耳る家の中で、十愛はというと、まるでそこに居ないように扱われていた。
勿論、対外的に十愛をそんなふうに扱っているなんて知られるわけにはいかないから、父も必要最低限のものは、与えていたと思う。
だけど、それだけだった。まるで息が詰まるような家の中で、俺は、十愛が父から蔑ろにされているのを、ただ見ていることしかできなかった。
だって俺も、子どもだったから。子どものちいさな掌では、十愛を父から守ることなんて、到底できなかったのだ。
だけど、いつか。
いつか俺が、もっと大きくなって。十愛を守れるくらいに強くなったなら。十愛を連れて、どこにだって逃げてやろうって、そう、思っていた。
そう、思っていたのに。
俺が社会人になって、そろそろ十愛を自由にしてやろうと画策していた矢先に、十愛は、俺の前から姿を消した。
荷物も何もかも持たずに。この春から入学する筈だった高校の制服さえ置いたまんまで、十愛はどこかに行ってしまったのだ。
どうして、と思った。だって十愛は、俺が守るべきはずの大事な妹で。こんなふうに、勝手にどこかに行ってしまうなんて、あり得なくて。
だから、探さなくては、と思った。
一人ぼっちで泣いているかもしれない。どこかで途方に暮れて、困っているかもしれない。そう考えたらいても立ってもいられなくて、俺は滅多に使うことのなかったSNSのアプリを開いた。
投稿画面を開き、十愛の写真を載せ、探しています、という文面と、さらに、もしこの少女を見かけたら連絡が欲しい旨も記載して、投稿ボタンを押したのだ。
藁にも縋るような心地だった。
こんな方法で、簡単に十愛が見つかるなんて思っていない。だけどこうすることしか、俺には思い浮かばなかったのだ。
それから半年近く、十愛の行方は分からないままだった。
十愛はどうやら東京の方にいるようだが、色んな人のところを転々として生活しているらしく、中々足取りが掴めなかったのだ。
毎日、毎日、祈るような思いで、俺はSNSの画面を眺め続けた。
そんな俺の思いが届いたのだろうか。ようやく俺は、十愛の足取りを掴むことができたのだ。
始まりは、この地域の駅に、十愛が居ると思わしき写真が送られてきたことだった。よく見慣れた地名が書かれた駅の案内板の前に、十愛の横顔を見た時には、思わず泣きそうになったものだ。
しかしこれだけでは、十愛がどこに居るのかまでは把握し切れず、歯痒い思いをしていたところに、更に別の返信コメントが届いたのだ。
そのコメントには、なんと、十愛が宿泊しているホテルの情報が書かれていたのだ。そのホテルがラブホテルであることに気付いた時には卒倒しそうになったが、だけど、ようやく得られた手掛かりに、俺は倒れている場合じゃないと思い直し、スマホを引っ掴むと、慌てて家を飛び出した。
やっとだ。やっと十愛に会える。そう思うと、ねっとりとした暑さの籠った夏の空気も、汗で背中に張り付くワイシャツの気持ち悪さも、気にする余裕なんてなかった。
—待ってろ、十愛。お兄ちゃんが絶対に、お前のことを助けてやるから。
そんな覚悟を抱えて、俺は、ホテルのエントランスに足を踏み入れた。
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