終焉へ向かう電車にて
「ほんっとあり得ないんだけど!?」
数分後、動き出した電車の座席に腰を落ち着かせた私は、これまた同じく目の前に座っている美しい少女に詰め寄った。
さっきは「ようやく死ねるかも」なんて思ったものだが、よく考えたら明日は普通に仕事もあるのだ。こんな時間に、自宅と反対の方向に向かって進む電車になんて乗ってしまったら、明日出社できるわけがない。
どうしたら、と頭を抱える私をじっと見つめながら、少女は、何かまずかったのですか?と、とぼけたような口ぶりで問うてくる。大アリだよ!と叫べば、少女はきょとんとした表情を浮かべて、すみません……?と語尾にクエスチョンマークが付いているような雰囲気の謝罪を述べた。
「あああ本当にどうしよう……仕事……なんて言って休めばいいのよ……」
「お仕事?夏休みとかはないんですか?ほら、社会人にもお盆休みってものがあると聞いたことがありますが」
「うちの会社にお盆休みなんてものは無いのよ!!」
そう言って再び頭を抱えた私をじっと見ながら、少女はまあまあ、と私の肩を叩きながら言った。
「まあ、乗ってしまったものは仕方ないですし……」
「それはアンタの言う台詞じゃないのよねえ……!?」
きっ、と顔を上げて、私は少女に向かって捲し立てる。しかし少女は、そんな私の様子を気にする様子もなく、にこにこと笑顔を浮かべたままだ。その様子に、なんだか怒っているのも馬鹿馬鹿しくなって、私は溜息をつくと、姿勢を正した。
「あら?文句を言うのはやめたんですか?」
「ええ。アンタがその調子だと、怒っても無駄なエネルギー使うだけみたいだし。それよりも電車を降りた後どうするかとか、そういう事を考えてた方がマシってものよ」
「そうかもしれませんね。第一、もう死ぬっていうのに、仕事のこととか気にしたって、無駄だと思いますし」
しれっとそんなことを言う少女に、私は一気に現実に引き戻された気がした。
そうだった。私は「死にたい」という言葉を聞いた少女に「あなたの願いが叶う場所へ連れて行く」と言われて、この電車に乗っていたのだ。
そこまで思考を巡らせて、ふと気がついた。
私は目の前の、私をここまで連れてきた少女のことを、何一つ知らないと言うことに。
私は少女のアイスブルーの瞳をじっと見つめて、言った。
「ねえ、アンタ」
「なんですか?」
「アンタは何者なの?私の願いを叶えてくれるような素振りだったけれど……本当に、そんなことできるの?」
少女は微笑んだまま、当然です、と言った。自信に満ちたような瞳を爛々と輝かせて、少女は妄言とも言いたくなるような言葉を、堂々と言い放った。
「なんてったって、
数秒の間を置いて、はあ?と呆れた声が漏れた。天使?何を馬鹿なことを言っているんだろう。
そんなもの、いるはずがないのに。
だけど、と。そう思ってしまう自分がいた。ずっと死ねなくて、だけど死ねなかった自分を殺してくれるのなら、目の前の十愛と名乗る少女が天使だろうが悪魔だろうが、そんなのどうだっていいと思った。
「本当にアンタは、私を殺せるのね?」
私は再度、目の前の少女—名前を十愛と言うらしい—に問う。少女はこくりと頷くと、静かな、だけど確かな意思の籠った声で、言った。
「もちろん。あなたがそれを望むのならば」
少女のその言葉は嘘ではないと、直感的に感じた。声の強さが、何よりも私をじっと見つめてくる美しい瞳が、嘘を吐いていないことを、如実に物語っていた。
彼女のことは、信用できる。少なくとも、私の願いに関わることに関しては。
私は、少女に自らの手を差し出した。少女はぱちくりと目を瞬かせる。その様子は、なんだか見た目相応の幼さがあって、素直に可愛らしいと思った。
「私の名前は、
暫くの間、よろしくね。そう言えばようやく、少女は私の意図を理解したようで、私の右手を握り返してくる。
その手は、か細くて、頼りなくて。だけど今の私には、世界の何よりも縋り付きたくなるものだ。
「こちらこそよろしくお願いします」
來海さん、と私の名前を呼んで笑う少女は、確かに天使のように、美しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます