心残りはありますか
「なんとなくそんな気はしてましたが……やっぱりこんな時間からだと泊まれるホテルって無いんですね……」
「そりゃそうでしょ……どうすんのよ……」
終点に到着した電車から降りて数分後。流石に今から自宅には戻れないため、私達は、ひとまず宿を探すべく、スマホと睨めっこしていた。
しかし、お盆真っ只中のこの時期だからというべきか。どのホテルも満室で、泊まれる宿が全く見つからない。詰んだ……と私が呆然としていると、隣で未だスマホの画面を眺めていた十愛が「あ、そうだ」と突然声を上げた。
「ラブホとかなら入れるんじゃないですか?」
「は!?ラブホ!?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げた。そんな私を気にすることもなく、十愛は再びスマホに視線を戻す。私は慌てて、十愛の腕を掴んだ。
「ちょちょちょ、ちょっと待って。アンタと私でラブホ入るのは流石にまずいわよ」
「なぜです?このままだと十愛たち、野宿することになっちゃいますけど」
「それはそうだけど……でも、大人である私と、高校生みたいな見た目のアンタがラブホって……ちょっと……」
「十愛は天使なので問題ないですよ?」
「その謎の天使理論、今は仕舞っておいて頂戴」
駄目だコイツ。話が通じない。私は頭を抱えてはあ、と溜息をついた。十愛はというと、何を言っているんだろう、とでも言いたげな顔をして、私を見ている。
「ごく普通の宿泊に使うこともあるみたいですし、そこまで頭ごなしに否定しなくてもいいと思うんですけど……」
「う……」
「それとも、このまま野宿しますか?」
「うう……」
確かに、このまま野宿するのは嫌だ。しかしラブホに泊まるのも……と暫し悩んだが、この物騒なご時世、女二人が野宿っていうのも、なかなかに問題かもしれない。
「……仕方ないわね」
ここは十愛の言うことに従ったほうがいいだろう。そう言って頷けば、十愛はにこりと笑顔を浮かべて「ではここから一番近いところに向かいましょうか」と、私の手を握って、言う。
「……ええ」
そう頷いたものの、この一連の話の流れに、私はなんだか違和感めいたものを覚えた。
しれっとラブホに泊まるという選択肢が口から出てくる少女。ラブホに宿泊するという行為に、嫌悪感を見せることのない少女。
まるで、常日頃からそうすることが当たり前になっているかのように。
「……私が言うことじゃないと思うけれど、自分のことは大切にした方がいいと思うわよ」
なんとなく、彼女の日常を垣間見てしまった気分になった私は、思わずそんな言葉を口にした。
その言葉に、十愛が返事をよこすことはなかった。こんなこと、言うべきじゃなかったのだとそう感じたのは、ホテルの部屋に辿り着くまで、十愛が一度も口を開かなかったことに気がついてからだった。
「來海さんって、何か心残りとかありますか?」
十愛に唐突にそう尋ねられたのは、シャワーを済ませた後に、ひとりビールを煽っている時のことだった。
「心残り?」
「ええ。死ぬ前にこれはしておきたいなーとか、そういうことがあるのであれば、お付き合いしようかと思いまして」
「心残り、ねえ……」
私はぼんやりと思考を巡らせる。とはいえ、私は元々そういう欲みたいなものが薄い部類の人間だ。そう未練めいたものなんてあるわけが—
「あ……」
思わず、声が漏れた。
そういえば、そんな心残りとも呼べるものが、一つだけあったような。もうずっと叶わないと思っていた、はるか昔に諦めてしまったような、そんな、ほんのちょっとの心残り。
「遊園地……」
「遊園地、ですか?」
十愛がそう口にして、そこで私は初めて、自分が心残りを口にしていたことに気がついた。
「え、ええ。そう言えば子どもの頃に、行きたいって親に強請ったけど連れて行ってもらえなかったことがあったなって」
「……行きたい、ですか?」
行きたいか。そう問われて、私はどうだろう、とぼんやり考えた。遊園地に行けなくて泣いたのなんて、もう遠い昔の話だ。今は正直、行こうが行かまいがどっちだって構わない。そう思う。
だけどきっと、あの時の未練を払拭する機会は、今しかないのだろう。
だって私は、死ぬためにここに居るのだ。
あの悲しさを拭わないままに死んでしまったら、後悔するような気がした。
「……ええ、そうね。行きたいかも」
ぽつりとそう呟けば、十愛はにこりと微笑んだ。
「じゃあ、明日行きましょうか。遊園地」
そう言う十愛に、私はこくりと頷いた。きっともう少しで私は死ぬというのに、そんな雰囲気をまるで感じさせない会話だと、なんとなくそんなことを思った。
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