復讐編

10話 戦場にて

〜前書き〜

連載準備中に書いた短編の方が連載している本作より評価が高い…

やはり長文タイトルは正義なのか…?


悩みつつも第二章開始です


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ーーー征服歴1500年9月上旬 スペイサイド州西部ーーー


 連合王国がかつて“闇の森”と呼ばれたスペイサイド州を本格的に開発し始めてからおよそ100年が経つ。だが、比較的開拓の進んでいた街道沿いはともかく、スペイサイド州の大半は未だに未開発の森林に覆われている。森を通る細い街道の殆どは土を固めただけの未舗装の道であり、雨が降れば容易に泥濘と化す。

 数の上では圧倒的に劣勢な連合王国軍が未だにスペイサイド州全土を獣国に明け渡していないのは、大軍の展開できる広い土地が少なく、森林に張り巡らされた細い道を活用したゲリラ戦や地形に依った防衛線を展開しているためである。

 そして戦線の後方に配置された遊撃大隊は、状況に合わせて最前線への援軍や、獣国軍が把握していない細い支道を活用した奇襲を行っている。

 それらの任務は大隊単位では小回りが効かないため、殆どの場合、約100人程度からなる小隊〜2個小隊を合わせた200人強の中隊単位で行われる事が多い。



「オラァ、死にさらせ侵略者共ぉ!!」

「ヒャッハー、ぶっ殺せー!!」


 明らかに正規軍とは呼べない、むしろ山賊が正規軍を騙っているのではないかと疑いたくなるようなガラの悪すぎる兵士たちが、森の中に築かれた簡易の防衛拠点であるカラマス砦に押し寄せる獣国兵達を返り討ちにしていく。


 慢性的な戦力不足から、綻びが出た最前線の拠点に援軍として派遣されたアレク率いる中隊は、本来この拠点を守っている中隊の中隊長が負傷したことで押し込まれている拠点を救うべく、到着すると即座に獣国軍へ襲いかかった。

 負傷者が多く士気も下がっている元の中隊を後ろに下げたアレクは、直率する自らの小隊を前面に展開し、押し寄せる獣国兵の出鼻を挫いた。


「中尉殿、敵軍が引いていきます…追撃をかけますか?」

「いや、負傷兵の収容と拠点側の部隊の再編を優先する」


 アレクの中隊の最先任軍曹であり、彼の副官も務める山賊の親玉のような凶悪な顔をしたバグラム軍曹がアレクに判断を求める。

 アレクの率いる部隊は拠点に辿り着いて直ぐに戦闘を開始したため疲労が多く、敵が引いてくれるのなら無理をする必要は無いと判断を下す。


「了解しやした、おい野郎共ぉ、中尉からのご命令だ!!負傷兵を回収して下がるぞ!!!」


 バグラムの怒鳴り声が響くと、つい先程まで獣国兵を蹂躙していたガラの悪い兵士達は即座に戦闘を切り上げ整然と、そして何処か怯えた様子で撤収する。


「あいつら…相変わらず中尉の名前だと素直に言う事聞きやがるな」

「あはは、少なくとも僕や軍曹だとここまで彼らを怖がらせることは出来ないだろうしね…」


 兵士の反応にぼやくバグラムに、彼の隣にいる若く気弱そうな士官が相槌をうつ。彼の名は“リゼル・エクトル”。アレク率いる中隊で生き残っている数少ない士官であり、中隊に2つある小隊のうちの1つを預かる小隊長でもある、それなりに前線に揉まれた少尉だ。


「命令違反をした兵士の首を折れかけたサーベルで刎ねるようなおっかない上司は一人で十分でさぁ…」

「そもそもそんな芸当出来る人、僕は一人しか知らないかな…」


 リゼルは苦笑すると、自らの仕事を果たすために自分の率いる小隊の元へと向かった。



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 リゼルは小隊の兵達に負傷兵の回収など戦場の後始末をするように指示を出した後で、部隊の本営が設置された天幕へと召集された。


「拠点を守っていた中隊は負傷者多数、中隊長と戦務幕僚も負傷し無事な士官で最も階級が上なのは兵站幕僚の中尉だけ。あとの士官は小隊長の少尉くらい…ですか」

「ああ、兵站幕僚の中尉には負傷兵の後送の指揮を任せた。エクトル少尉、悪いが残存の部隊の指揮を頼む」

「僕の小隊と合わせて200名弱…中隊規模ですが宜しいのですか?」

「あちらの小隊長はどちらも無事だ、上手いこと使え。渋るようなら俺が斬ると伝えろ」


 困惑するリゼルに、彼の上官である顔に包帯を巻いた男が淡々と告げる。


「僕はまだ少尉なんですが…」

「問題ない。お前なら中隊規模以上でも十分扱える」

「…信頼して頂けるのは嬉しいですが、中尉が指揮した方が兵も従うのでは?」


 アレクは一枚の報告書をリゼルに手渡す。

 そこには、この拠点に攻め寄せている敵軍の詳細が綴られていた。


「獣国兵に加えて帝国軍の兵まで…合わせて戦力は1000を超えていますか」

「それに比べて、こちらは動ける負傷兵を合わせて300と少し。まともにやり合ったら援軍まで持たん。俺は直率の小隊を使って遊撃だ。他の連中の面倒まで見きれん」


 連合王国がこの地に設営した拠点は、街道の開けた場所に簡易の砦を建て、馬防柵を設置した物だ。同数を相手にする程度なら余程のことがなければ突破は許さないが、戦力に3倍も開きがあれば長くは保たない。


「援軍が来るのは…?」

「そうだな…およそ5日といったところだろう」

「…3日保てば良い方ですよ?」

「なんとか保たせろ、でないと俺の部下であるお前の無事は保証できんぞ?」

「中尉があっちの国に恨まれてるの、僕関係ないじゃないですか…」


 獣国と帝国のブラックリストに、将官でもないのに載っているアレクは、気弱だが真面目で有能な部下に“お前も巻き添えだ”と脅しをかける。

 リゼルは悲壮な顔で敬礼し、新たな部下の様子を確認するため天幕を後にした。




 リゼルを送り出したアレクは、黙々と書類を処理する。

 負傷した兵士の後送、残存部隊の再編とリゼルの小隊への編入、拠点に残された物資の確認に、後方への援軍申請。


 ひたすら書類を決済しながらアレクはぼやく。彼の手には、先程部下に報告書があった。


「さて…エクトル少尉にはああ言ったが…」


 報告書には“獣国及び帝国合同軍、全戦線で攻勢開始”と記載されていた。


「5日どころか、援軍が来る目処が立っていない等とは、流石に言えんな…」


 アレクはその報告書を火に焚べる。

 

「さて…なんとか部下だけでも生き残らせてやりたいものだが」


 アレクは独り言を言いながら、首から提げたペンダントを無意識に弄る。木でできた簡素な首飾りは、戦場で“鬼”と呼ばれる男には不似合な、素朴で可愛らしい物だった。


「別に俺が死ぬのは構わんが…流石に部下達を放って死ぬのは無責任が過ぎるか?」


 白湯を飲んで一息つき、書類仕事を再開しながら、アレクは防衛計画を練る。それがどこまで有効か、本人も自信は持てないままではあったが。

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