11話 先の見えない戦い

ーーースペイサイド州西部 カラマス砦ーーー


 アレク率いる中隊がカラマス砦の防戦を開始してから既に3日経った。3倍を超える敵勢相手に彼らは善戦し、未だに拠点となる砦は陥落していない。


「斬り込め!!」

「オラァ、“無貌鬼”様のお通りだぁ!!死に晒せぇ!!」

「ヒャッハー!!死にたくねぇ奴ぁとっとと逃げやがれぇ!!」


 砦に取り付き、壁を乗り越えようとしていた獣国兵達の横腹にアレクに率いられたガラの悪すぎる兵達が襲いかかる。


「現れたぞ!“顔無し”だ!!殺せ…ガハァ!!?」

「た、隊ちょ…ギヒぃ!!?」


 アレクは敵兵から腕ごと奪い取った槍を、声を張り上げて指揮を執ろうとしているこの部隊の指揮官に投擲し、その心臓をぶち抜く。そしていきなり指揮官を殺され混乱している副官の首を刎ね、部隊の指揮系統を麻痺させる。


「適当に蹴散らしたら下がるぞ!砦から離れすぎるなよ!!」

「わかっていやすよ!おい野郎共、殺しすぎるなよ!!

手足切り落として半殺しにしておけ!!」


 山賊の親玉のような見た目の軍曹が、同じく山賊のような言動の部下達を怒鳴る。血に飢えた餓鬼のような男たちは、心得たもので厄介そうな兵以外は手足を切り落として戦闘力を奪い、あえて負傷兵を量産する。


「ボス!合図でさぁ!!」

「下がれ、味方の矢に巻き込まれるな!!」


 砦からの合図を確認したら兵士がアレクに叫ぶ。それを聞いたアレクが撤収命令を下し、アレク達が下がったタイミングで弓が降り注ぎ獣国兵の追撃を抑え込む。



 同じような戦闘を何度か繰り返した後、夕暮前に獣国兵達は撤退しその日の戦闘は終わった。


ーーーーーーーーー


 砦内に設置された会議室で、アレク率いる中隊の主だったメンバーが、現状を確認していた。


「僕の部隊からは死者が15、負傷者は40、この内重症で明日の戦闘に参加できないのは18です」

「中尉殿の小隊からは死者8、負傷15、負傷者は全員復帰可能でさあ」


 リゼルとバグラムが、それぞれの率いる部隊の損害を報告する。両者とも表情は明るくない。


「中尉、そろそろ砦を守る兵が足りません。明日はまだなんとかなるかもしれませんが、それ以降は保障できかねます」

「こっちはまだ余裕はありますが、負傷者が多いんであんまり無茶はできやせんぜ?」


 リゼル率いる中隊規模の部隊が砦を守りつつ、アレクの直率する小隊が砦の外で遊撃を担当する。それにより砦が包囲されるのを防ぎつつ獣国兵の損害を増やすことで辛うじて3倍の兵力差のある敵軍を抑え込んでいたが、いよいよ限界が近づいてきた。


「え、援軍は…援軍はいつ来るんですか?」


 元々砦を守っていた中隊の小隊長を務めていた少尉が怯えた様に発言する。彼が怯えているのは絶望的な現状なのか、それとも彼に冷たい目を向けたこの中隊の指揮官なのかは分からない。

 そんな彼に気を遣ったのか、リゼルが助け舟を出す。


「中尉、司令部からの伝令は何と?」

「…援軍は必ず出す。それまでこの地の死守しろ、だそうだ。

 いつ来るのかについては何も言っていなかったな」


 夕刻近くに到着した司令部からの伝令の伝えた司令部の意向をアレクはこの場にいる者達に告げる。この地での戦闘が始まった初日にアレクが出した援軍要請、そして退、そのどちらもが叶わなかった。

 薄々、嫌な予感を感じていたリゼルやバグラムは兎も角、まだ経験の浅い少尉は悲壮な顔で震えながら、弱気な言葉を吐き出す。


「そんな…そんなの、この地で死ねと言ってるようなものじゃ…」

「ロマ少尉、それは…」


 頭を抱えるその若い少尉を、リゼルが慰めようとするが…。


「あんたの…あんたのせいなんだろ!? あんたが上層部に嫌われてるから、あんたなんか死んでいいと上に思われてるから、俺達まで巻き込まれたんだ!!」


 若い少尉が激昂し、上官であるはずのアレクを指差し糾弾する。その目には怯えと、それ以上に深い絶望がある。


「知ってるぞ、あんたが王都で決闘を挑んできた軍の高官の息子を容赦なく斬り殺したことを!!そのせいで軍に疎まれて、本当なら近衛師団に行けるはずだったのがこんな地獄の最前線に戻されて、コイツ等みたいな山賊紛いの“ガラクタ”共を押し付けられて、前線で戦って死ねと思われてるんだろ!?」


 山賊扱いされたバグラムが不快げに眉を寄せる。

 リゼルは冷や汗を流しながらも、何とか激昂した少尉を宥めようとする。


「落ち着けロマ少尉、援軍は必ず来るさ。それに中尉が疎まれてるなんてのはただの噂だ。少なくとも王国軍は味方をそんな私怨じみたことで殺すなんてことはないよ」

「煩い!! アンタの、アンタ達のせいで俺は…俺は死ぬんだ…無惨に獣国や帝国の奴らに拷問されて。“顔無し”の部下だから、降伏なんて許してもらえるわけが無いんだ!」 


 若い少尉は涙を流し、最早自分が誰に何を言っているのかも分からず錯乱した様子で叫ぶ。

 騒ぎを兵士達に聞かれると不味いと考えたバグラムとリゼルが目を見合わせ、ロマ少尉を拘束しようと席を立とうとするのを、アレクが手振りで抑える。

 そしてアレクは、いつも通りの冷めた目で、自分を罵倒しながら泣き叫ぶ臨時の部下に声をかける。

  

「ロマ少尉」

「っ…ひっ!?」


 先程まで激昂し、興奮していた少尉はアレクの冷え切った目線だけで冷水を浴びせかけられたかのように硬直する。


「お前が心の中で何を思おうと構わん。だが、お前の言動が兵士達の士気を下げて、結果的にこの砦の防衛に差し支えるようなら、俺は指揮官としてその原因にする必要がある」


 アレクは腰のサーベルに軽く手を添えながら、いつも通りの冷めた瞳でロマ少尉を見つめている。だが、彼のいうがどのような物か、この場にいる者達は全員痛いほど理解している。

 ロマ少尉は顔面を蒼白にして、口をパクパクとさせながら辛うじて言葉を絞り出す。


「じ、自分は…その…」

「ロマ少尉、一度だけ確認する」

「は…はい!」


 アレクの言葉に、ロマ少尉は直立不動の体勢で返事をする。その顔は先程、激昂して叫んでいた時以上の怯えがあった。


「今ここで俺に殺されるか、最後まで誇り高く戦って死ぬか、それとも諦めずに泥を啜ってでも生き残るか…お前は、どうしたい?」


 左手をサーベルの柄に添えながら、アレクはゆっくりと問いかける。殺気は無い。だが、返答次第では容赦なくロマ少尉の首は刎ねられるだろうと、それなりに付き合いの長いリゼルとバグラムは察し、万が一に備えて身構える。

 ロマ少尉もまた、この臨時の上官は必要なら容赦なく自分を粛清すると理解し、ただでさえ白くなった顔から血の気がなくなり、冷や汗を流す。


「じ…自分は…」

「……」


 ダラダラと冷や汗を流しながら口を開くロマ少尉を、アレクは何も言わずに見つめ続ける。

 その視線に耐えられなくなったロマ少尉は、泣き叫ぶように一気に答えた。


「自分は誇り高い連合王国軍人であります。この命尽きるまで、国の為に戦い抜きます!!」


 青い顔をしながらも胸を張り、声を張り上げてアレクの問にロマ少尉は答えた。

 アレクはロマ少尉の、その痛々しくも軍人として誇るべき姿を、いつも通りの冷たい視線に僅かに敬意と哀れみを混ぜて見据える。


「そうか…ならば持ち場に戻れ。明日の方針はエクトル少尉に伝えておく」

「し、失礼いたしました!!」


 サーベルから手を離したアレクが鷹揚に手を振ると、ロマ少尉は逃げるように敬礼しその場を立ち去った。


「ノーマ少尉、ついていってやれ」

「ハ、ハイ!!」


 アレクは事態を呆然と眺めていたもう一人の、元々この砦の中隊に所属していた小隊長の若い女性の少尉に、ロマ少尉の面倒を見るように命令する。



 ノーマ少尉が慌ててロマ少尉を追いかけて出ていった後、バグラムとリゼルはまるで戦闘後の様に深々と息を吐く。


「あの坊ちゃん少尉、大丈夫ですかね…?」

「…後でフォローはしておくよ」


 無駄に緊張を強いられた二人は、その元凶に咎めるような視線を向ける。


「中尉、流石に脅し過ぎでは?」

「…この状況だ。あんな言動を兵の前でされるより、ここで斬った方が引き締めになっただろう」

「そいつぁそうですが…あの少尉、下手すりゃ直ぐに死にますぜ?」


 半ば脅されるように、戦うことを強要されたのだ。恐らく明日以降の戦闘で無理をすることになるだろう。


「それで死ぬならそれまでだ。違うか?」

「まあ、そうですがね…」

「それに、俺の目の前に生き残ったもいるしな。期待はしないが、悲観するよりはいいだろう?」

「ハッハッハ、違いねぇ!」

「我が事ながら、気恥ずかしいので勘弁していただけませんか?」



 かつて戦場で、ロマ少尉と同じ質問をされたリゼルが気恥ずかしそうに顔を背ける。


「ただまぁエクトル少尉と、戦うって言いやしたからなぁ…」


 バグラムは顎に手を当て過去のことを思い出す。敵前逃亡してアレク率いる“ガラクタ中隊”、不良兵や問題を起こした士官を使い潰してさせる懲罰部隊に放り込まれたリゼルが、涙を流して戦場に、そしてアレクに恐怖しながら言った言葉を。



『し…死にたくない。戦場でも…ここでも…。たとえ泥を啜ってでも…僕は生き残りたい…』


 言葉通り、リゼルは最前線の鉄火場で生き延び、今では一端の小隊長としてアレクや古参兵からも頼りにされている。


 

 アレクが無言で煙草を取り出す。

 他の二人も煙草を取り出し、部屋に置かれた蝋燭で火をつける。


 そして改めて、隊の行く末を決める会議が始まった。





 

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