第8話 決闘後

ーーー征服歴1500年 スペイサイド州カルメリア基地ーーー


 決闘を終えたアレクは、使用した剣と防具を返却した後、一人で基地の廊下を歩いていた。

 その歩みには淀みは無く、軍人の手本のように一定のリズムで彼のブーツが廊下の石畳を叩く。

 

 ふと何かに気づいたアレクが歩みを止め、腰のサーベルに手を添えながら物陰にその冷めた視線を向ける。


「……そこで何をしている?」

「流石ね、そこらの暗殺者アサシンよりも上手く気配を消せてたはずなんだけど?」

 

 物陰から、先程サレ中尉を唆し決闘騒ぎを引き起こした元凶が、輝く銀髪を揺らしながら顔を出した。


「そういう手合には慣れている」

「ふーん、獣国あっちの暗殺部隊に目の敵にされてるって話、本当だったの?」

「…と恨まれてるからな。

 来るたびに皆殺しにしているのに、何度も戦場や野営地で襲撃してくるから本当に鬱陶しい」


 アレクが心底面倒臭そうに、普通の軍人なら何度も死んでいるような体験を語る。事実、後方の基地で待機任務の時以外は大抵、獣国や獣国の要請で援軍として参戦している青麟帝国の暗殺部隊が命を狙ってくるので、アレク本人は兎も角、彼の率いる中隊の幕僚は何人も犠牲になり、欠員が多すぎてその分の負担が彼に書類仕事としてのしかかって来ている。


「ま、そうでしょうね。に、寝返らせた連合王国の貴族を殺されて、しかも援軍で来てもらった帝国の将軍に手傷まで負わされたんだから、向こうも貴方を殺さないと面子が立たないでしょう?」


 エリカはニヤニヤと愉しそうに、目の前で溜息をつく男を見つめる。


「ソレム伯爵は兎も角、帝国の将軍に関してはあんなところで油断しているのが悪いとしか言えないが…、まあいい。で、俺に何の用だ?」


 アレクは面倒臭そうに、ただでさえ忙しい自分を面倒事に巻き込んだ元凶に問いかける。

 アレクの冷たい視線を受けたエリカは、若干バツが悪そうに視線をそらせる。


「あー…その…、謝ろうと、思って…ね?」

「ほぉ…」


 アレクの視線の冷たさが増す。サレ中尉バカを唆して決闘騒ぎを引き起こした奴が何を言っているのかと、その冷え切った視線が雄弁に物語っている。

 エリカはその視線に少したじろぎながらも弁明する。


「ウェインズ中尉に聞いたのよ…貴方が、とてつもなく忙しいって…」

「あいつか…」


 何故自分の事情を知っているのかと思ったらそういうことかと、呆れ混じりの溜息をついた。


「御免なさい、知らなかったとはいえ余計な負担をかけてしまったわ…」

「…気にするな。あの手のバカを上手くあしらえなかった俺の責任でもある」


 アレクはサーベルにかけていた手を下ろし、鷹揚にエリカの謝罪を受け入れる。

 エリカはその様子にホッとした様子で、再び先程の楽しげな笑みを取り戻す。


「そう、良かったわ!

 それに久々にいい決闘が見られたし、ありがとう!」

「……そうか」


 その切り替えの速さに、一瞬だけ謝罪を受け入れた事を後悔したアレクは、再び溜息をつく。


「ま、いきなり色々あったけど、貴方みたいな凄腕の剣士にに出会えて良かったわ、

 これからも宜しくお願い致しますね、中尉殿♪」

「…………ああ、こちらこそよろしく」


 輝くような笑顔で敬礼をするエリカに、色々と言ってやりたい文句を全て飲み込み答礼する。


「じゃあ私は部隊の引き継ぎがあるからこれで…」


 クルリと踵を返し、颯爽とその場を去ろうとするエリカの腕を、アレクが掴む。


「…待て。こちらの用はまだ済んでいない」

「…? 何かしら?

 ああ、もしかして告白? 確かに貴方の剣は凄かったけど…私そこまでお安くないわよ?」

「悪いが美人は苦手でな。そんな馬鹿げた用事じゃない。

 基地長から“決闘後にお前の所に現れるだろうから、捕まえて執務室まで連れてこい”と伝言があった。“お前達は纏めて説教してやる”という言葉と共にな。

…まさか本当に現れるとは思わなかったが」

「…え?」


 エリカが“しまった!”という顔で硬直する。


「ここの基地長、お前の剣の師匠だそうだな」

「え、ええそうよ。ジルベルト大佐には世話になったわね…とんでもなく厳しかったけど…」


 目を泳がせながら、エリカはなんとかアレクの手を振り払おうとするが、エリカの技巧を持ってしてもアレクの手はびくともしない。


「決闘自体は禁止されていないが、軍務中に決闘を行った者並びに決闘を煽ったものには罰則が課される。

…知らなかったとは言わせんぞ?」

「い、いや〜だって、あんな面白ろ…じゃなかった切迫した場面を収めるためには一度決闘をして互いに認め合うのが…」

「“エリカ中尉あれは決闘をするのも決闘を見るのも好きな不肖の弟子だ”と言っていたが? そもそもあの状況を面白がっていた時点で情状酌量の余地はない」

「私は貴方達の事を想って…って待って待って、サーベルを抜かないで!?」


 彼女の態度に苛立つアレクが、サーベルを僅かに抜こうとするアレクをエリカは必死に押し止める。


「言い訳は俺ではなく基地長にするといい」

「絶対聞く耳なんて持ってくれないとわよぉ…」


 観念したエリカはトボトボと、アレクに引きずられるようにしながら基地長へと向かった。




 基地長室には、既に呼びつけられ硬い石畳に正座させられているサレ中尉がいた。

 サレの横で正座させられたアレクとエリカは、基地長の有り難い説教を小一時間程聞かされた後、食事を5日間、罪人食(大麦の粥 不味い)に格下げされることとなった。


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