第7話 決着
ーーー征服歴1500年7月 スペイサイド州カルメリア基地ーーー
「仕合、始め!!」
銀鈴の美声が決闘の開始を告げる。
「おおおぉぉ!!!」
裂帛の気合と共に、サレ中尉は即座に間合いを詰めアレクに袈裟斬りを浴びせる。下手に防御すれば防御した剣をへし折り、そのまま敵手を斬り伏せる剛剣が容赦なくアレクに襲いかかる。
アレクは中段に構えているサーベルの先端を軽く立てる。そして手首の動きと、最低限の身ごなしでサレの一撃を勢いを殺すことなく受け流す。
「ぬぅぅッ!?」
斬撃を簡単にいなされたサレだが、その鍛えられた体幹と腕力で無理矢理斬撃の軌道を変更し、剣を横薙ぎに振るって袈裟斬りを躱したアレクを追撃する。だが、その程度の動きは完全にアレクに見切られていた。
”ガキィィィン!!!“
訓練場に金属と金属が激突する不快な轟音が鳴り響く。決闘を注視していた者達の殆どはその音に顔を顰め、思わず後ずさる。
その中で平然としていたのは、サレの斬撃に合わせて彼の長剣にサーベルを叩きつけた張本人であるアレクと、事前にその動きを読んで先に耳を塞いでいたエリカだけだった。
「ぐぅぅ…!!」
自らの斬撃にカウンターを合わせられ、両手に握った長剣から凄まじい衝撃を食らったサレは、身の危険を感じて思わず飛び退く。
両腕、特に右腕がしびれ辛うじて剣を取り落とさないようにすることしか出来ないサレは、態勢を立て直すためにアレクから距離を離そうとする。
それに対して、アレクは悠然と中段の構えを取り直し、その切っ先をピタリとサレの喉元に合わせる。
サレはなんとかサレクの切っ先から逃れようと更に後退しようとするが、アレクは構えを崩さないまま、アレクが後退するのと寸分違わず距離を詰める。
「ッ…!」
サレの額から冷や汗が流れ落ちる。距離をとろうにも、アレクはまるでこちらの動きを先に知っているかのようにピタリと等距離を保って追随してくる。
否、事実アレクはサレの次の動きを完璧に予測し、サレの後退に合わせて同じだけ距離を詰めている。アレクの冷めた瞳は冷徹にサレの一挙手一投足を注視し、サレが次にどう動くのか、その行動の“起こり”を完璧に掌握している。
サレはここに至ってようやく、自らと敵手の実力差を理解した。眼の前にいる男が自分に対して、あえて子供でも使うことの出来る基礎の
単純に、自分と目の前の敵手に大人と子供程の実力差があるからなのだと。
たったの一合しか剣を合わせていないにも関わらず、無様に後退するしかない現実が、嫌でもその考えを裏付ける。
ここにきて、サレが今まで培ってきた剣に対する自信は崩壊した。
軍人一家の三男として、兄達と共に剣を学び、士官学校でも剣術の試合では常に上位だった。卒業後に率いた小隊では野盗討伐等も経験し、自らの剣で相手を殺したことも何度もあった。そして当然ながら今までにも自らよりも強い剣士には何人も出会った。
チラリと、サレはこの決闘の審判として、自分達の戦いを楽しそうに特等席で眺めている美女、エリカ・リガールの姿を盗み見る。
サレは一度だけ、彼女の決闘を見たことがあった。
士官学校を卒業し、王都で任命式に出席した後に遭遇した、当時自分と同じく新任の少尉だったエリカと他の新任少尉との決闘。
腕にかなり自信があったのだろう新任少尉の大剣を、細身のサーベルで鮮やかに絡め取り、その少尉の手から弾き飛ばしたその超越的な技量に、サレは剣士として畏怖と羨望を覚えた。だが、その時の彼はまだ、自らの剣が全く通用しないとは思わなかった。このまま自らの剣を鍛え上げれば、彼女にも一矢報いる事くらいは出来ると、根拠もなく信じていた。
そんな彼女に唆され挑んだアレクとの決闘で、サレは自らの未熟さ、そして無知を強制的に突きつけられた。
決して自分の力に驕っていた訳では無い。努力を怠った訳でもない。だが、目の前でお手本のような綺麗な姿勢で剣を構える男と、痺れた腕でまともに剣を構えることも出来ない自分との間には、積んできた修練も潜ってきた修羅場も、比べ物にならない程に隔絶した差があるのだと、理解してしまった。
サレは必死に、震えそうになる体を抑え込む。
アレクからは欠片も殺気を感じない。だが、目の前の男は、もしも自分が実力差に気づくことさえ出来ない愚か者ならば、容赦なくこちらの首を刎ねるだろう。例え刃引きしたサーベルでもそれが可能だと、今のサレは確信し、そして恐怖している。
この時点でサレは勝利を諦めた。憧れた女性に発破をかけられて挑んだ決闘で、その憧れた女性と同じか、もしかしたらそれよりも更に優れた剣士と相対して自らへの自信も過信も崩れ去ったのだから。
だがそれでも、一人の剣士としての誇りだけは、折れなかった。
サレは痺れの残る右手を長剣の柄から離す。アレクは油断なくサレを見つめているが、サレが降伏するかもしれないと考え僅かに切っ先を下げる。
たがサレは、降伏することも、ましてや隙をついてアレクに斬りかかることもなかった。
サレは柄から離した右手を強く握り、拳を自らの顔面に抱き込んだ。
”バキィィィ!!“
「ほぉ…」
「ふうぅん」
突然のサレの奇行に周囲の野次馬達がざわめいたのに対して、アレクとエリカだけは、感心した様子で自らの顔面を殴り鼻血を流すサレを見つめる。
彼らの目線の先で改めて剣を構える男の眼からは、無自覚な驕りも、目の前の敵手に対する怯えも消え、代わりに敵手に対する敬意と真っ直ぐな戦意が漲っている。
アレクは下げていた切っ先を戻し、サレの動きを注視する。
サレの重心が僅かに下がる。そしてサレは、初撃と同じように一気に間合いを詰め、アレクに渾身の一撃を叩き込む。
「雄ォォォォ!!!」
その太刀筋は初撃よりも迷いが無く、速さも重みも遥かに上回る見事な一撃だった。
アレクはサーベルを斜めに構え、サレの斬撃を受け流す。
”キィィィン“
サレの斬撃は僅かに火花を散らしながらアレクにサーベルを滑るように受け流され、渾身の一撃を受け流されたサレの態勢が崩れる。
円を描くような体捌きでサレの後方に回り込んだアレクは、崩れた態勢を立て直し、振り向いて長剣を切り上げようとするサレの無防備な首筋にピタリとサーベルを当てる。
「っ…!!?」
長剣を切り上げようとした態勢でサレの動きが止まる。
もしも刃引きした訓練用の剣ではなく、真剣であればそのまま頸動脈を切り裂かれるだろう。それどころか、アレク程の腕前ならば斬れ味の皆無な鈍らであってもこの位置から首を切り飛ばすことも出来る。
額に冷や汗を浮かべながらサレが長剣を下げ、膝をつく。アレクのサーベルの切っ先は、サレが膝をついても彼の動きに合せてその首筋にピタリと当てられたままだった。
「……参り…ました」
サレが己の敗北を告げる。声が掠れてはいるが、その顔は晴れやかだった。
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〜簡易解説〜
“カルネアス流剣術”
征服歴1340年代頃に連合王国政府が国内外の剣術家を召集し、彼らの知識と技術を統合して成立した剣術流派。
決闘による死傷者を少しでも減らすため、主に貴族子弟向けに剣術と共に礼儀作法や道徳心を教え込む目的で作られた為、実戦的な剣技の他に礼法や哲学も盛り込まれている。
元々は基礎の型であるラーヴェのみだったが、状況に合わせて改良され複数の型が開発されていった。
現在主に使用される型は主に下記の7種類だが、派生も多い。
第一の型 ラーヴェ
基礎の型。癖が無く使い易いが他の型に比べて突出した強みが無いため実戦では殆ど使用されない。
第二の型 フルストラ
技工特化の型。決闘向けの精妙な剣技が持ち味。
ただし実力差が如実に出るため、同じ型同士での対決は模擬戦や訓練を除いて、決闘では余程自分の腕に自信が無い限りあまり行われない。
第三の型 ディズヴィオ
防御特化の型。要人護衛を担当する騎士達が開発した型で、元々は左手に盾を持つことが前提だったが、決闘では有利になりすぎるため原則盾の使用が禁止された。盾の代わりに左手の人差し指と中指を立てて前に突き出し、剣を持った右手を弓を引き絞るような体勢で地面と平行に構える独特の構えをとる。
熟練者なら弓矢の集中攻撃をも切り払う。
第四の型 ゴルベア
機動力特化の型。使う武器によって戦法がやや異なり、長剣等の重い剣では素早く重い一撃重視、サーベルや細剣等の軽い剣では機動力による撹乱と連撃重視と使い分けが可能。現在の連合王国で最も使用される頻度の高い型。
第五の型 ソポール
攻撃特化の型。第三、第四の型からの派生であり相手の攻撃を弾き一気に懐へ斬り込む攻撃的な型。前線で戦う士官に人気の型。
第六の型 コンプエスト
万能の型。第一から第五の型までの長所を統合し、習得までの負担を減らした理論上最優の型。ただし、形だけ使える程度なら負担は小さいが、実戦で使用可能なレベルに達するには他の型よりもむしろ時間がかかる。また、器用貧乏になりがちなため未熟な使い手では他の型に遅れを取ることが多い。主に文官志望者等、戦闘を主目的にしない者が嗜みとして習得する型。
第七の型 フエルテ
最強の型。防御を捨て徹底的な攻撃に特化した型。一対一の戦い、特に決闘では無類の強さを誇るが、習得難易度が非常に高い。またこの型を使用した場合、相手も使用者も負傷や死亡する危険性が非常に高く“決闘での死傷者を抑止する”というカルネアス流剣術の目的と真っ向から対立するため習得そのものに制限が課されている。
…わかる人はすぐわかると思いますがジェダイの騎士の使うライトセイバーの型(フォーム)のパクr…オマージュです
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