第26話 腐敗しにくく保存性が高い(2)


 商談に使う部屋の中では一番豪華な部屋なのだろう。

 きちんと敬意けいいは払われているようだ。


「ようこそ、ドルミーレ商会へ」


 そう言って、こちらへ歩いてきたのは、白金髪プラチナブロンドを持つ色白の美丈夫。

 瞳の色は翠玉エメラルドのようで、まるで御伽噺おとぎばなしに登場する王子様だ。


 私も大人陛下と会っていなければ、危なく見惚みとれてしまう所だった。

 シグリダはあまり興味がないらしい。


 イルルゥは余所よそきのまし顔を仮面のように装備しているため、その表情からは感情が読み取れない。イサベラも同様だ。


 まあ、彼女の場合は普段からまし顔でいることが多いので『いつも通り』ともいえる。かく、青年は宮廷詩人のように美しい容姿をしていた。


 普通の女性だったら、思わず見惚みとれてしまうだろう。

 彼の名は『キルデベルト』。今回の取引相手である。


「わざわざ出向いて頂き光栄です、エレナ様……」


 キルデベルトは手を前方で払うように大きく動かし、大袈裟おおげさにお辞儀をした。その容姿を考えるに、道化師のような演技をした方が客からのウケはいいのだろう。


 頭を下げたまま「イサベラもひさりだね」とキルデベルト。

 チラリと彼女を一瞥いちべつする。


 そばには目付きの悪い、用心棒らしき男性もひかえていた。


(――て、バザンじゃない⁉)


 思わず、声を出しそうになったが、ここで取り乱すワケにはいかない。

 彼としても、雇い主より先に私たちと会うのは想定外だったのだろう。


 工房で会ったのも偶然ではなく、私たちの情報を集めていた可能性がある。

 あまり動じた様子がなかったのも、そのためだろう。


 彼としてはなにも言うつもりはないようだ。

 イルルゥも気が付いたのか、少しおどろいたように口元を手でおおう。


 『またな』とは、こういう意味だったらしい。

 イサベラも知っていたのだったら、最初から教えておいて欲しいモノだ。


 しかし、肝心の彼女は明らかに嫌そうな顔をしていた。

 思ったよりも、今日のイサベラには余裕がないのかもしれない。


 私としてはイサベラの知人ということで、気楽だったのだけれど、当てが外れたようだ。けれど――


(百戦錬磨の商人を相手にするよりはマシかもしれないわね……)


 と考え直す。まずは分析が先だ。

 変わり者だが若くて野心家。古い魔族の社会に不満を持っているタイプだろうか?


 甘いマスクの裏では、なにを考えているのか分かったモノではない。

 油断は出来ないが、どちらかといえば、気が合いそうだ。


「今回は話を聞いて頂けるということで、このような場をもうけて頂き、感謝します」


 私は片足を引き、カーテシーを行おうとしたのだが、イサベラがそれを制した。


「こんな変態にエレナ様が挨拶あいさつをする必要はありません」


 まず、わたしが殴ります――と物騒な言葉をく。

 正直なところ、イサベラの戦闘能力は高い。


 もし、本気で殴ったとしたら――


(この人、死んでしまうのではないかしら?)


 いつでも動けるようにバザンも身構える。


「はっはっは、相変わらずだね、イサベラは……」


 だが、そんな所もかわっ、ぐほっ!――キルデベルトは鳩尾みぞおちを押さえ、うずくった。


(商人なのに空気を読まないの⁉)


 いや、分かっていて自分から殴られるような発言をした気がする。

 イサベラはイサベラで、完全に本気の目だった。


 幼馴染みだというので『もう少し仲が良いモノだ』と勝手に思っていたのだけれど、違ったようだ。


 それとも私が知らないだけで『世間一般の幼馴染み』というのは、皆このような関係なのだろうか?


「さあ、エレナ様、こちらに座りましょう」


 イサベラがソファーへと私を誘導する。だが、


「待ってくれ」


 と別の男性の声。バザンの声だ。

 いつの間にかシグリダに抑え込まれ、床にせられている。


 もしかして、とは思っていたけれど――


(シグリダって、実は強いのかも……)


 どうやら、イサベラがキルデベルトを殴った際、反応したようだ。

 完全にバザンの注意が雇い主であるキルデベルトの方へ向いていたのだろう。


 そこをシグリダに抑え込まれたらしい。

 いつもの愛らしい少女の顔ではなく、狩人の目付きをしている。


 一方でキルデベルトは床に手を突くと、


「ふっふっふ、ご褒美ほうびをもらってしまったね♡」


 そう言って、バザンへと視線を向けた。だが、


「お前と一緒にするな!」


 と言い返されてしまう。どうやら、この二人の方が仲はいいようだ。

 キルデベルトはダメージが大きかったのか、まだ立ち上がれずにいる。


 知らない人が今の状況を見たら、私が悪役令嬢みたく映るのだろうか? 仕方なく、


「シグリダ、はなしてあげなさい」


 と私は指示をする。彼女は何事なにごとも無かったように素早く離れた。

 あわわわ!――とイルルゥ。慌ててバザンに駆け寄ると、


「だ、大丈夫ですか?」


 と声を掛ける。バザンはそんな彼女を手で制しながら、


「ちっ、オレとしたことが――」


 そう言って、立ち上がる。だが、ダメージは残っているらしい。

 腕を痛めたようでグルグルと肩を回す。


「彼の名はバザン。毒蛇族ヒュドラスの剣士だ……」


 これでも、かなりの腕利きなのだが――とキルデベルトは立ち上がる。

 こちらはダメージが深刻なのか、フラフラとしていた。


 どうやら、シグリダにも興味がいたようだが、今は自分の心配をした方がいい。

 バザンに肩を借り、キルデベルトは私の向かいに座る。


(私の知っている商談とは違うのだけれど、大丈夫かしら?)


 すでに相手は満身まんしん創痍そういに見える。

 イサベラとは幼馴染みだと聞いていたが、男女の仲ではないようだ。


 興味はあるのだけれど、彼女のこうぶしを『ご褒美ほうび』と言っていたので、あまり追求はしない方がいいだろう。


 なにやら、変な雰囲気になってしまったが、私は用件を伝えた。

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