第四章 万能野菜と過去改変

第22話 実は『カボチャ』の仲間(1)


「エレナ様、機嫌がいいですね♪」


 とシグリダ。自分でも気が付かない内に鼻歌でも歌っていたのだろうか?

 それとも、専属メイドである彼女には雰囲気で分かるのかもしれない。


「陛下とデートの約束をしたのよ♡」


 と私が告げると、


「それは良かったですね♪」


 そう言って、彼女は微笑ほほえむ。兎の耳がピコピコとれた。

 まあ、一緒に視察へ行く約束をしただけなのだけど――


 理由を知っているイサベラはだんまりのようだ。

 内心ではツッコミを入れているに違いない。


 そもそも、私が食糧問題の対策などで外に出なければ、陛下と一緒に過ごす時間はあった。自分から外に出て、一緒にいる時間を減らしている。


 なのにデートをせがむとは、おかしな話である。

 しかし、深く考えるのはそう。


「帰りに買い物をして、美味しい物を食べて――」


 私は楽しいことを考えることにした。

 あの日【無限書庫】から脱出したリュートと私。


 喜ぶのもつか、リュートが子供の姿になっていたことにおどろく。


「保険として俺の半分、その所有者を君にしておいた」


 とリュート。彼の話によると――『ときの精霊』に持っていかれた――という事だった。私の存在はかく、このまま時がつと本物のリュートが誕生する。


 そうなると、この世界における彼の存在が二人になってしまう。

 『時の精霊』が世界の秩序を守るために『歴史を修復した』そうだ。


 説明が分かりにくかったので、私が詰め寄ると、リュートは観念したかのように真実を語る。


 これから生まれるハズだったリュートはもう、この世界に存在することはない。

 彼がしたっていた兄と彼が出会う歴史は、もう存在しないのだろう。


 一緒に施設で育った仲間たちも同じだ。

 つまり、本当の彼を知っている人間は、この世界で私だけになってしまった。


 世界から切り離されてしまった存在。それが今のリュートだ。

 また、大事なことが一つ――


 リュートには、この世界に存在する理由が必要らしい。

 私には『魔王国四天王の娘』という、誕生からこれまでの歴史がある。


 しかし、今の彼は突然、この世界に現れた異邦人ストレンジャーでしかない。

 土台となる歴史がないのだ。それは存在する理由が不安定な状態を意味した。


 下手をすると消えてしまうだろう。

 この時代において、リュートという存在をたもつことはむずしいようだ。


 そこで、彼は歴史を改変したらしい。この場合は上書きだろうか?

 歴史による大きな流れを変えることは出来ない。


 過去の歴史に、亡くなってしまった王族の『赤ん坊』がいた。

 彼は『その存在を乗っ取った』という。


 もし聖王教の実験を知っている者が、王家の家臣に居たら?

 もし赤ん坊を助けるために聖王教を頼ったら?

 もし勇者にするのが目的ではなく、命を助けるためだけの理由なら?

 もしそれが原因で『第三世代』である勇者に近い存在が誕生したら?


 ありたかもしれない可能性の一つ。

 その一つ一つを彼の都合のいいように改変していく。


 異物であるリュートが、この世界へと出現した際、『時の精霊』は辻褄つじつまを合わせるために世界を修復した。


 リュートはそこへ干渉し、自分に都合のいい歴史へと作り変えた。

 亡くなってしまった『赤ん坊』と存在が不安定な『リュート』。


 事実ではなく、可能性だけを手繰たぐせたのだという。

 要は周囲が、そう認識していればいいようだ。


 もしかすると勇者という彼の存在自体が、運命を変える力を持っているのかもしれない。


 事実として、赤ん坊は死んでしまった。

 だが『死んでいなかった』という可能性を作り出し、それを土台とする。


 赤ん坊は聖王教の実験によりよみがえった。

 そう誰もが認識している。今の彼は聖王国の王族となったのだ。


 伝承では『勇者は何度なんどでも蘇る』と聞く。

 勇者であるリュートだからこそ、使えた手なのだろう。


 大変なことをしたモノだ――と思った。

 だが、世界はどの道、終わりをむかえる。


 その観点から、人間一人の生き死になど『歴史には影響がない』と精霊は判断したようだ。


 『時の精霊』が必要以上にリュートの力を奪うことはなかったのも、その所為せいだろう。しかし、彼は『君のお陰で助かった』と言っていた。


 本当だろうか? 私にはなんの力もない。

 その事で言い争うつもりもなかった。


「墓参りには、後で行けばいいさ」


 とリュート。そういう問題ではない気がする。

 だが、今はもっと大きな問題がある。


 極端きょくたんな考え方をすると、聖王国の王族がどうなったとしても『滅びの運命は変えられない』ことを意味した。


 最初、リュートは『聖王国を中から変えよう』と考えていたようだ。

 だが、思ったよりも簡単に歴史へ介入することが出来た。


 それは喜ばしいことなのだが、現状のまま歴史を進めると、聖王国への介入は『徒労に終わる』という可能性が高い。


 どうやら、リュートと私が世界に出現しただけでは、歴史は変わらないようだ。

 世界を救う鍵は、聖王国には存在しないのかもしれない。


 そこで彼は考え方を変える。

 リュートは『私を守る』という契約をしていた。


 つまりは私から離れられないそうだ。

 ちょっとくすぐったい気持ちになったけれど、重要なのはそこではない。


 結論から言えば、逆のパターンだ。

 聖王国ではなく『魔王国へと行く必要がある』と彼は考え直す。


 私としては、腕には自信がある。どうせ魔法は使えない。魔王国へ戻るよりも、王子の近衛として『彼に仕えるのも面白そうだ』と思っていた。


 それに身体を動かせば、ご飯を美味しく食べられる。

 まあ、一番の理由は父上がいない魔王国へ戻るのが怖かったのだ。


(誰も私を守ってはくれない……)


 いや、今はリュートがいてくれる。それだけで力がいた。

 これが勇者の力なのかしら? まずは状況を整理する。


 そのため、リュートは魔王国と隣接する聖王国の辺境領へと移動した。

 魔法で一飛ひとっとびなのだから、楽なモノだ。


 そこで得た情報は、勇者による魔王様の討伐とうばつが成功して『三年もの月日が経った』というモノだった。

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