第21話 理科の実験では電池にされる(2)


「悪い顔してますぅ?」


 とはシグリダだ。お茶とお菓子を持ってきてくれたらしい。

 私が善人だと言った覚えはないが、理想の主人マスターとしてつくろう必要はある。


「気の所為せいよ、それより天気もいいから庭園の方へ行きましょう」


 イサベラとイルルゥも付いてくるように、私は指示を出す。


「はいですぅ~♪」


 とシグリダ。最近はこの四人での行動にもれてきた。

 【無限書庫】に閉じ込められていた頃からは想像もできない。


 同時に今は、その【無限書庫】で手に入れた知識で誤魔化ごまかしている。

 けれど、それも何時いつまで通用するのかは分からない。


 本当はのんびりしている時間もしいのだけれど――


「今日は『レモン』を使ったスイーツなのね!」


 陛下の魔力のお陰で、元気のなかった庭園の植物たちも緑を取り戻したようだ。

 以前はさびしい景観だったため、来るのをけていた。


 どうしても父上が健在であった頃の庭園と比較してしまう。

 しかし、緑が戻った今となっては、お気に入りの場所の一つとなりつつある。


 私たちはガゼボでお茶を楽しむ。

 シグリダもだいぶれたのか、紅茶をれる姿もさまになっている。


 最初の頃は緊張していたイルルゥも、すっかり馴染なじんだらしい。

 フンフフン♪――と楽しそうにシグリダがお茶を準備する様子をながめていた。


 今日は余計な事は言わずに、大人しくしておこう。

 やがて、さわやかな香りが鼻腔びこうくすぐる。


 最初は『レモンケーキかな?』と思ったのだけれど、マフィンのようだ。

 色艶いろつやからハチミツが使われ、フワフワに仕上がっていることが伝わる。


 輪切りのレモンが乗せられ、綺麗にアイシングされていた。

 私の影響らしく、最近は職人パティシエの腕も上がったようだ。


 食べなくても、マフィンのもっちりとした食感が想像できる。

 マフィンへフォークを刺すと、シャリシャリとした感触が伝わった。


 口へ運ぶと、その食感が心地良いモノへと変わる。

 ずっと味わっていたい。


 さっぱりとしたレモンの甘酸っぱい味わいが口の中で広がる。

 公務での疲れが、軽くなったようだ。


 この分では、つい食べ過ぎてしまいそうになる。

 シグリダのれてくれた甘みのないミルクティー。


 これもマフィンの美味おいしさを引き立ててくれる重要なポイントだ。

 魔王国のレモンは、春のきざしを感じる頃にしゅんむかえる。


 残念ながら、レモンは寒さに弱いため、グラキエス領での栽培は難しい。

 南方のイグニス領から取り寄せたモノだ。


 今度、シュリーにも持っていってあげよう。

 そうなるとレモンカードを使ったクリームを作るのも、面白いかもしれない。


 完熟したレモンには、ビタミンが豊富だ。

 皮にも免疫力を高めるポリフェノールやフラボノイドが含まれている。


 ふんわりブッフェにするもよし、さくさくクッキーも美味しそうだ。

 レモンピールを作っておけば、他のスイーツ作りにも応用がくだろう。


 また、古くからあるのはレモネードだ。

 けれど魔王国では、お酒と混ぜるのが基本である。


なにを作って持って行こうかしら?)


 私がそんなことを考えていると、


「元気ないですか?」「エレナ様が黙っているなんて!」


 シグリダとイルルゥが心配そうに私を見詰める。

 どうやら、黙っていたことが裏目に出たようだ。


「きっと、疲れているのでしょう」


 とイサベラ。なにや彼女にまで、心配させてしまったらしい。

 こうなったら、今からでもレモンの解説をしようかしら?


 気合を入れた私に対し、


「陛下に頼んで、ご褒美ほうびをもらったらどうですか?」


 イサベラが手案する。


「ご褒美?」


 私が首をかしげると、


「はい、食糧問題も解決の糸口が見つかりました――」


 加えて、採掘犬コボルトたち亜人との信頼関係を構築。

 イルルゥを雇用したことで樹花族ドリュアスとの関係も良好。


 これにより、他の魔族の力を削ぐことが出来ました。

 やはり、食糧の供給を盾にするのは有効です。


 また、シグリダは容姿と性格で、城内城外問わず人気があります。

 色々と連れ回したのが良かったのでしょう。


 なにかと評判のようで、話題作りには事欠ことかきません。

 また、新事業について、錬金術組合からも期待されているようです。


 職人の地位向上も事乍ことながら、シュリーの件で多くの女性たちが味方になる可能性もあります。


「陛下もさぞ、動きやすくなった事でしょう」


 とイサベラ。よくもまあ、口が回るモノだ。

 確かに当初は、陛下が人間族ということもあり、反発の声が大きかった気がする。


 しかし、今は協力的な声の方が大きいようだ。


「それは陛下が頑張ったからではないかしら?」


 一応、謙遜けんそんする私に対して、


「確かに魔族は魔力至上主義です。陛下の魔力を持ってすれば、並みの魔族であればしたがわざるを得ないでしょう。ただ、弱い立場の魔族からすると……」


 エレナ様への支持の方が高いようです――とイサベラ。

 本当は調子に乗るから『言いなくはありませんでした』と顔に書いてある。


 素直に喜びづらい状況だが、


「じゃあ、アレをお願いしてみようかしら♪」


 などと私は言って、笑みを浮かべた。

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