第20話 理科の実験では電池にされる(1)


 結局、錬金術による農耕用魔道具の開発は保留とした。

 化粧品と合わせ、美顔器などの商品を作った方が『お金になる』と考えたからだ。


 シュリーの話から、他にも女性の錬金術師はいるらしい。

 男性の錬金術師より、待遇は良くないようだ。


 現状に不満があるのであれば、彼女たちを味方に付けるのも手だろう。

 また、魔王領でしか採れない薬草もあるそうだ。


 これは住んで居る精霊の違いによるモノだろう。

 薬草を使った化粧品や健康食品の開発に舵を切るのも良さそうだ。


 ブランド化して、海外での展開も視野に入れる。

 しかし――手広く商売を始める前に――まずは足元を固めた方がいい。


 農耕用魔道具の代案があるので、そちらの計画を優先させる。

 まずは城へと戻り、可能な限り公務を片付けた。


 その合間にイルルゥへ作成を頼んでおいた商会のリストへ目を通す。

 商会の規模や特徴ごとにまとめてあるので、かなり見やすい。


 アルテミシアの妹なだけあって、できるのようだ。しかし――


「あまり、ピンと来るのがない……」


 私はそう言って、リストを机の上にほうった。

 領地における大切な事業ではあるのだが、私の独断と偏見も入っている。


 組む相手を早急に決めたい所だが、資料による情報だけでは、どうにも不安だ。

 例えば、大手と組んだ際、成功した場合は商人の力が増すことにつながる。


 逆に失敗した際は信頼を失うばかりか、商人へ借りを作ってしまう。


(今後のことを考えると、どちらもけたい状況か……)


 大事なのはバランスだ。四天王がち取られ、貴族に求心力がない今、商人の力は出来ることならいでおきたい。


「父上が生きていてくれたのなら、もう少し選択肢があったのだけれど――」


 結局の所、魔族は魔力至上主義。魔力の強い者にしたがう。

 そんな私の台詞セリフに、イサベラも思う所があったようだ。


 机の上にらかってしまった商会のリストを手に取り、目を通す。


「それを言っては……」


 あら?――とイサベラ。なにか見付けたようだ。


「どうかしたの?」


 私が視線を向けると、


「いえ、キルの――知り合いの商会があったモノで」


 イサベラは答える。彼女の口から何度なんどか聞いた事のある名前ががった。

 キル――本名は『キルデベルト』――はイサベラの幼馴染みだった気がする。


 貴族の出身だが、爵位は継がなかったようだ。魔族は――特に貴族連中は――魔力至上主義に加えて、好戦的な性格の者たちが多い。


 貴族たちによる社交の場は、彼には合わなかったのだろう。

 それ自体は珍しい話ではない。


 魔族においては、魔力による強さこそが重要視されるのだ。

 魔法勝負に発展することもある。


 命惜しさに逃げ出す者がいるのは当然の結果だった。


「ドルミーレ商会?」


 大手の商会ばかりに着目していたため、候補から除外していた。

 取りあつかっている商品もマニア向けの人形や希少動物とある。


 趣味が高じて、商人になったタイプなのだろう。

 ちなみに、希少動物というのは人間族の国に生息する動物のことだ。


 魔力の濃い魔王国では、人間族の国に生息する動植物は生きてはいけない。

 耐性のある小動物を育て、貴族向けに販売しているのだろう。


 長くは生きられないが、人間族の国の動物は可愛い品種が多いため、愛玩用として需要がある。大金を出す貴族も珍しくはない。


 ライバルも少なく、目の付け所は悪くないようだ。


(いや、この場合は……)


 もしかすると、イサベラが『可愛いモノ好き』というのが関係しているとしたら?

 実際、彼女は休みの日になると、ちょくちょく通っているようだった。


 私は「飼わないの?」と聞いたことがある。飼いたい気持ちはあるが、仕事柄あまり構ってあげられないのと、死んだ時に悲しくなるので断念したそうだ。


 私としても、イサベラがペットロスになって使い物にならなくなる事態はけたい。強く勧めることはできなかった。


 いや、それよりもキルデベルトが『イサベラに気がある』と仮定してみよう。

 幼馴染みである点を考慮しても、彼女をつなめておくために『可愛い小動物をあつかう』というのは手段として悪くない。


(これは詳しく調べてみる必要があるわね……)


なんです?」


 気持ち悪い――とイサベラ。どうやら、顔に出ていたらしい。

 勘のいい彼女の事だ。私の考えなど、すぐに理解してしまうだろう。


 誤魔化ごまかすためにも――


(早速、指示を出さないと……)


商人組合ギルドに連絡してドルミーレ商会と――いえ、イサベラ……」


 貴女あなたから直接、商会に連絡を取ってもらえるかしら?――と私は言い直す。

 不審に思ったのか、首をかしげる彼女だったが、


かしこまりました」


 と頭を下げる。普段から奇行が目立つため、あまり深くは追及されなかったようだ。それはそれで不満も残るが、もしかすると面白いことに――


(いえ、掘り出し物かもしれない……)


 既得権益を守ろうとするタヌキ親父――もとい商人――たちを相手にするより、若手実業家を育てる方が面白そうだ。


 また『ガラスの天井』とやらを突破する際に使えるかもしれない。

 もし、イサベラに好意があるのなら、裏切る可能性も低いだろう。

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