第14話 紀元前からあって、和食にも合う(2)


「ありがとう」


 彼はお礼を言う。存外、素直な所もあるようだ。

 上手い返しが見付からない私は、


「気にしないで」


 と素っ気ない態度をとった。やがて、空棚の目立つ本棚の場所へと辿たどり着く。

 いつもの私なら、近づかない場所だ。


 さきへと続く廊下はくらで『立入禁止』を意味する黒と黄色のテープが、申し訳程度にられている。恐らくはなにも存在しないのだろう。


(この先へ進んだら、どうなるのかしら?)


 そう考えただけでゾッとする。リュートはあっさりと私の手を離したかと思うと、杖をかざす。なにかを探しているようだ。


 別に私の手を取るのが目的だったワケではないらしい。


(残念に思ってしまった私は、いったいなにを考えているのだろう……)


 久し振りに人と会った所為せいで、変な勘違いを起こしていた。

 いや、そもそも思わせぶりな台詞セリフく、彼が悪いのだ。


 リュートは私を助けに来てくれた王子様ではなく、私を利用しようと考えている悪い魔法使いかもしれない。


(油断は禁物ね……)


 空棚と思われる棚の一角に真新しい、薄い本があった。

 そんな私の視線に気が付いたのか、リュートはその本に向かって杖をかざす。


 すると手をれてもいないのに、棚からゆっくりと本が飛び出してきた。

 フワフワと浮いたまま、空中にとどまる。


 リュートによる魔法のようだ。

 本はみずからの意思を持っているかのように、静かに机の上へと着地する。


 今度は勝手に表紙が開く。そして、パラパラとページめくれた。

 同時に本を中心として、黒い球状の力場が発生する。


 それが拡大していき、本全体をおおったかと思うと、その上に景色けしきが映し出された。

 外の様子ようすだろうか? 草木一本も生えない荒廃こうはいした大地。


 時間は昼とも夜ともつなかい。

 白い太陽を中心に、空の色は青の色調へと変わって行く。


 遠くを紫の星空が包む形で存在していた。

 不思議な光景だ。それでいて寒気がする。


 その原因は、生命の息吹を感じられない事だろうか?

 生き物の気配がまるでない。死後の世界のようだ。


 そこで――ただ一人――漆黒の魔力におおわれた人型の存在が力を暴走させていた。

 精霊のようだが、人間のようでもある。


 その人型は、明確な意思を持ってはいなのだろう。

 衝動しょうどうのままに破壊を続けているように見える。


 山をけずり、岩をくだき、湖を蒸発させた。

 最早、この世に破壊する価値のあるモノなど、存在しないようだ。


 だが、それでも人型は破壊を続ける。

 いったい、破壊者となった人型には、世界がどのように映っているだろうか?


「これが……勇者?」


 私の独り言ともいえるような問いに、


「そうだ」


 これが今の世界だ――とリュートは答える。

 私には、言葉が見付からない。


 リュートが魔法を解くと、本は閉じた。

 まだ書き掛けなのだろう。精霊が慌てて、本を棚へと戻す。


 その様子が面白くて、私はホッとする。

 けれど、リュートはひざき、動かなくなってしまった。


 やはり、まだ無理をしていたようだ。

 資格のない人間には、この空間を移動するだけでも負荷が掛かるらしい。


「大丈夫?」


 心配する私の言葉に、


「俺と一緒に世界を救って欲しい」


 と頼まれる。返しとしては、如何いかがなモノかと思う。だけど、綺麗な顔の男性に真摯しんしな眼差しを向けられては断りづらいモノがある。


(いや、断る理由も無いのだけれど――)


 彼の力を借りないと、私は外へ出ることは出来ないし、世界をこのままにしても置けない。


 だから、彼のお願いを聞くのは構わない。

 問題は――私に手伝える事があるのだろうか?――という事だ。


 魔族の国に生まれながら、魔法が使えない。

 その事が私にとって、自信をうばってしまっていた。


 誰かから真剣な頼みごとをされたのは、初めての経験である。

 思わず視線をらしてしまった、私の心情をさっしたのだろうか?


「方法ならある」


 とリュート。辛いのは目に見えて分かったが、それでも立ち上がろうとする。

 気付くと、私は彼を無意識に支えた。


「ここは世界とは隔絶かくぜつされた場所だ……」


 過去へと飛ぶ――などと荒唐こうとう無稽むけいな事を言い出す。本来ならば『は?』と言い返していた所だが、先程の映像を見せられては、そんな気力も失せる。


 今の時点で、あの怪物――勇者――を倒しても、世界は元には戻らない。ならば過去を変え、勇者が暴走する前に『どうにかしよう』という考えなのだろう。


 そのためにリュートは【無限書庫】へと来たようだ。

 求めていたのは膨大な知識ではなく、私らしい。


「君の存在が鍵になる」

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