第11話 週末はカレー曜日(1)


 ここは『あらゆる知識が保管されている』という【無限書庫】。

 資格のない者は、例え魔王様であったとしても立入ることは出来ない。


 勇者との戦闘において『勝てない』とさとった父は、そんな【無限書庫】へと、私を閉じ込めた。


(どうやら、私には資格があるらしい……)


 恐らく、閉じ込めた本当の理由は『勇者による襲撃』ではなく、他の魔族を警戒しての事だろう。


 私は魔法が使えない。魔力至上主義の魔族にいて、そのことは致命的だ。魔王国においても、聖王国においても『私の居場所はない』というのが実状である。


 もし、魔王様が敗れてしまうようなことがあった場合、次の魔王を目指し、魔族を立て直そうとする者が出てくるだろう。


 そうなった時、四天王の娘である私は魔族の姫として、様々な使い道がある。

 魔法の使えない私はそんな連中に、いいように利用される未来しかない。


(でも、だからって――)


 【無限書庫】に閉じ込める必要は無かったのではないだろうか?

 確かに安全ではある。


 けれど、こんな場所で『永遠に一人でいる』のは真平まっぴらゴメンである。

 そう、その時までは確かに一人だった――


 私が歌い終わると同時に『パチパチパチパチ』と拍手が木霊こだました。

 予想だにしない出来事に、私はビックリして心臓が止まりそうになる。


 誰もいないと思って、ノリノリで歌っていたのを聞かれてしまったようだ。


ずかしい……)


 赤い絨毯じゅうたんの上を歩いているため、相手の足音は聞こえない。

 しかし、確実にその人影は近づいてきている。


 魔法使いが使う長い杖を持った青年のようで、


「やあ、素晴らしい歌だった」


 と語る。嫌味だろうか?

 全身を外套マントおおい、頭まですっぽりと頭巾フードで隠していた。


 あからさまに不審者である。

 ただ、彼の持つ魔力だけは本物のようだ。


 魔法は使えないが、いつも近くに強い魔力の存在を感じて育った。

 魔王国四天王の娘である私が言うのだから、間違いない。


 けれど、今はそんな事よりも――数分前の私を殴ってでも――自分の歌をめさせたい。


(くっ、時を戻す魔法が使えれば……)


 まさか、これほどまでに魔法が使えない自分の存在をやむ日がるなんて――


「『すべての知識と絶世の美女が手に入る』と聞いていたのだが、まさか……」


 素晴らしい歌まで聞けるなんて――そう言うと、彼は口許くちもとに手を当てた。

 元々、外套フードで顔は隠れているのだが、どうやら笑っているようだ。


 この場合、過去の私ではなく、目の前の彼を殴るべきだろうか?

 都合よく、数分前の記憶だけを消せるかもしれない。


 なにか、振り回すのに丁度いい『鈍器どんきのような物はないかしら?』と周囲を見回す。

 だが、ここは【無限書庫】。あるのは本ばかりだ。


 殴れない事はないが、命中精度にいささか不安が残る。

 しかし、気になる事も言っていた。


 もしかして『絶世の美女』とは私のことだろうか?

 どうやら外の世界では、そんなうわさになっているらしい。


れるぜ!)


「ああ、でも『絶世の美女』というのは訂正が必要だな」


 と笑う青年。今度は――アハハハ!――と声に出した。

 失礼なヤツだ。


「可愛らしい妖精――いや、人を惑わす小悪魔のようだ」


 そう言って、彼は外套フードを取る。

 現れたのは予想に反して綺麗な顔。


 不覚にも『ドキッ!』と心臓がねてしまった。

 まあ、もう少し様子を見てもいいかな? と考え直す。


「魔族の間では、君のような可愛らしい少女を『美女』と呼ぶのかな?」


 彼はそんな台詞セリフきながら、私の顔に触れようと手を伸ばしてきた。

 なので、私は思わず『ピシャリ!』と彼のほほたたいてしまう。


 先手必勝。条件反射。正当防衛。

 怒るのか――と思ったが、彼は再び声を上げて笑った。


「それくらい、気が強い方がいい」


 まるで『気に入った』という目付きで私を見る。そして、


「これは失礼した。君に危害を加えるつもりはない……」


 ただ、嬉しくて感情が高ぶってしまった――と彼は(たぶん?)謝る。

 ちょっと偉そうな口振りだが、悪人というワケではなさそうだ。

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