第二章 始まりはカレーライス

第9話 草本性なので野菜に分類されます(1)


 これは私と陛下が出会った時の話だ。

 【無限書庫】にとらわれ、時間にすると三十年になるだろうか?


「もしかして、私って人間?」


 正確には、人間と魔族の混血ハーフのようだ。

 周囲の魔族と同じように魔法が使えないため『おかしい⁉』とは思っていた。


 ふと思い立ち、私は父『ソリコミー』の過去について調べてみた。

 精霊たちにより、あらゆる出来事が本の形として保管される【無限書庫】。


 星の記憶が集積されたこの場所で、分からない事はない。

 ただ、調べるにはコツがいる。


 膨大ぼうだいな本の数に、迷路のように続く回廊。

 目的の本を探し出すだけでも一苦労だ。


 私が調べようと思った経緯いきさつも、明確な意思があったワケではなく、ただの思い付きでしかない。


 『永遠』とも思える時間の中『自分の事について調べてみよう』という考えに辿たどり着くことは、それほど変な理由ではないハズだ。


 自分の出生について、父と母の出会いについて、両親の若い頃について――

 かすかに残る、幼い時の記憶を頼りに本を探す。


 そして運良く、父の過去について書かれた本を見付けることが出来た。

 どうやら父は若い頃、人間の国で消息を絶っていた時期があるらしい。


(ここからは私の推測になるのだけれど――)


 つまり、そこで母と出会い『恋に落ちた』という事ではないだろうか?

 だから、二人の子供である私は魔族でありながら、魔法が使えないのだ。


 そういう結論にいたった。私自身――魔法を使えない理由を――長年考えていたのだが、そう結論付けると納得できてしまう。


「まあ、今更それが分かった所で――」


 私が魔法を使えないことに変わりない。

 やはり――この書庫から出る――という願いは『永遠』にかなうことがないようだ。


 そもそも魔法を使えたとしても、脱出できる保証はない。

 外の世界から隔絶かくぜつされ、時間の感覚さえ存在するのかもあやしい場所。


 それが【無限書庫】と呼ばれる異空間である。

 精霊たちが星の記憶を保管しておく場所。


 内部の造りは『歴史のある図書館』といった見た目だ。

 過去から未来へと階層フロアが分かれていて、回廊が延々と続いている。


 未来へ進めば進むほど、造りが新しくなっていった。

 また、本があるからといってカビ臭くはない。


 むしろ、湿度も一定に保たれていて快適である。

 本を腐敗ふはいさせないためだろうか?


 いや、恐らくは『情報=本』という形で、私が認識しているからだろう。

 取り出しやすい『本』という形で情報が見えているようだ。


 時の流れは止まっているかのようで、私が年を取ることもない。

 当然、外部からも干渉されない安全な場所となっている。


 しかし、手放てばなしで喜ぶことは出来なかった。

 本は嫌いではないが、流石さすがに一人きりの暮らしには飽きてしまっている。


 ある意味『記憶の牢獄ろうごく』と言い換えた方が正しいのかもしれない。

 よくもまあ、私の精神が崩壊しないで保たれているモノだ。


 私が今階層フロアは魔王歴五〇〇年といった所だろうか?

 聖王歴でいうのなら一〇〇〇年ちょっとだ。


 私の感覚で例えるのなら、馴染みのある近代風の造り。

 魔鉱石による、芸術性の高い石造りの城と変わりない。


 高い天井に堅牢な壁。重圧感のある本棚が等間隔に立ち並ぶ。赤い絨毯じゅうたんかれた廊下は規則性がありながら、ちょっとした迷宮のようでもあった。


 回廊はまだ先へと続いている。本は様々な『時と場所』から精霊たちが集めてくるため、常に増え続けているらしい。


 延々と増設される書庫は、まさに【無限書庫】というワケである。

 侵入者のいないこの場所は、不用意に本を開きさえしなければ、命の危険にさらされることもないだろう。


 私は日課である『お菓子の本』を取り出した。

 レシピの本ではない。文字通り、お菓子が出てくる本だ。


 今日は『イチゴ』の気分♪ 真っ赤にれた『いちご』は皆の人気者。

 つややかな輝きは、まさに宝石のようだ。


 そんな見た目のあざやかさもいいけれど、ふんわりただよう甘い香りは、疲れた心もいやしてくれる。

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