第7話 秋茄子は嫁に食わすな(1)


「こんにちは、エレナです。今日は街の魔道具工房にきています」


 『集音器マイク』片手にしゃべる私に対して、


「ちょっと、かたくないですか?」


 いつもと違います――とシグリダ。

 兎の耳を『ピョコン♪』と揺らす。


 本当に録音できるのか? それを試しただけなので『真面目なくらいで丁度いい』と思ったのだが、違ったようだ。


 仕方がない。少し本気を見せるとしよう。


「HEY!YO!エレナだYO~!ここは魔道具工房だYO!農具を発注!耕作順調!生産増量!足りない食糧!問題解決ぅ~……」


 チェケラ!――とポーズを決める。

 パチパチパチパチ、と拍手をするシグリダとイルルゥ。


 そんな彼女たちとは対照的に、


「エレナ様、魔道具で遊ばないでください」


 とイサベラに怒られてしまった。それはそうだ。料理が楽しくなるようにレシピなど『録音した情報を流せないかしら?』そう考えただけである。


 今回、魔導具工房へ来た目的は別のところにあった。

 農業の大規模化だ。


 土作りの見通しは出来たので、次はどのようにして『大量生産を行うのか?』が課題となる。


 採掘犬コボルトの村のように、小規模ならくわを持って畑を耕せばいい。

 しかし、都市部の食糧問題を解決するには大量生産が不可欠だ。


 普通に規模を大きくするだけなら、魔法が有効だろう。

 土魔法を使える魔族が、魔力のある土を魔法で生成することもある。


 また、攻撃魔法で畑を耕したり、水魔法で散水する手法も取られていた。

 つまり、土や水の魔法を使えることが、大規模な農業を行う条件となっている。


 確かに風魔法で草木を斬り裂き、土魔法で岩を退かせば開拓など、あっという間だろう。


 そう考えると『魔力の強い者が領主になる流れもうなずける』というモノだ。

 魔族が魔力至上主義になるのも当然の結果である。


 だが、それゆえに『勇者との戦いに負けた』ともいえた。

 自らの魔力をおごり、各個撃破された魔族は少なくない。


 彼らを統率できるような指揮官が魔族側にいれば、戦況も変わっていただろう。

 また、魔法でなんでも出来てしまうと、文明は発展しないようだ。


 聖王国のように『武器や道具を開発し、新しい技術を生み出す』という土壌どじょうが育っていない気がする。


 現状のまま大規模な農業へ展開しても、知識や経験は蓄積されず、魔法の専門家の仕事になってしまいそうだ。


 ブランド野菜を作るのならそれでもいい。

 だが、今は大量生産に切り替え、安定した雇用を生み出すことが目的である。


 再び魔力の高い魔族だけが富を独占する形になった場合、歴史は繰り返されるだろう。魔王領の復興には、それぞれの種族の特性を活かす政策が重要となってくる。


「勉強になります。エレナ様」


 と言って、ペンとメモ帳を手するイルルゥ。

 新しく私の秘書官となった彼女は、まだあどけなさの残る可愛らしい少女だ。


 髪の毛の長さは肩に掛かるくらいで『妹』といった容姿である。美人の多い樹花族ドリュアスなので、成長すると彼女の姉同様、才色兼備の女性になるだろう。


 水色の瞳から知性を感じる。

 シグリダとは波長が合うらしく、仲が良いようだ。


 瞳をキラキラと輝かせて、尊敬そんけい眼差まなざしで私を見詰める。

 基本、思い付きにそれらしい理屈を並べているだけなので、なんともにくい。


 襤褸ぼろ が出る前に、


「――というワケで、農耕用の魔道具の発注いいかしら?」


 案ならいくつか考えてあるの――と私は店主に声を掛ける。


「は、はひっ!」


 昆虫の目を連想させるような丸眼鏡を掛けた少女が声を上げた。

 クセのある赤い髪が特徴だ。耳の形も少しとがっている。


 素材は悪くないようだ。


(手入れをすれば、もう少し綺麗になるのに……)


 肌が褐色かっしょくなので、南方のイグニス領の出身だろう。

 健康的に見えるのでうらやましい。

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