第5話 薬草として栽培されていた(1)


なにも姫様みずから……」


 いえ、王妃様みずから動くなど――と樹花族ドリュアスの麗人『アルテミシア』は溜息をく。

 彼女は族長の娘であると同時に、一族を取りまとめていた。


 族長と話すよりも彼女に直接、話を通した方が早い。

 我が国の農林大臣といった立場の人物である。


 今度、陛下に相談して役職を用意してもらった方がいいかもしれない。

 しかし、陛下といい――


(私が動くと皆、同じような反応をするのは何故なぜだろう?)


 シグリダに聞いてみようと思ったのだけれど、アルテミシアの妹となにやら話し込んでいるようだった。


 恐らく、美味おいしいニンジンについて、考察しているのだろう。


「ペットは飼い主に似るといいますからね」


 何故なぜか、そうつぶやいたイサベラ。

 私が視線を向けると、ワザとらしくそっぽを向く。


(食べ物に興味を持つのは大切なことだと思うのだけれど……)


 私はお弁当のおかずを提供した見返りとして、採掘犬コボルトたちに頼みごと聞いてもらった。それは魔迷宮ダンジョンの『土』である。


 可能な限り、魔迷宮ダンジョンの内の土を地上へと運んでもらった。

 勿論もちろん、畑に使うためだ。


 ただ、害虫や土壌微生物、細菌バクテリアなどが含まれているだろうから、そのまま使えるとは限らない。


 しかし、魔力を多く含んでいるのは確かだ。

 実験用になにか栽培してもらおうと『持ち込んでみた』というワケである。


 アルテミシアとは面識がある。

 樹花族ドリュアスの育てる野菜は美味しい。


 なので陛下が樹花族ドリュアスと専属契約をしてくれた。

 つまり、私専用の畑を用意してくれたのだ。


「陛下はエレナ様に甘すぎます」

「策士策におぼれる、自ら墓穴ぼけつを掘るタイプですね」


 イサベラとアルテミシア。才女二人がなにやら悩んだ様子で首を静かに左右へ振った。なんだろう? セクシー罪で逮捕だ。


 かく、そんな経緯けいいで、樹花族ドリュアスとの何人なんにんかとは面識があった。

 今、シグリダが手に持っているニンジンも、ここの畑で採れたモノである。


(いや、ニンジンもいいのだが――)


「今の時期は『春キャベツ』よね☆」


 古代から健康食として愛されてきた野菜である。

 品種改良もされ、魔王領だけでなく、大陸全土で栽培が行われていた。


 食物繊維が豊富で胃腸の調子を整えるだけではなく、患部に葉を巻き付けて使用することもある。


 そんな春キャベツは甘みが強く、芯まで柔らかい。

 そのため、サラダや和え物など、生で食べても美味しいのだ!


 この前、陛下にもロールキャベツを作ってあげたのが、好評だった。

 一度、煮込んだロールキャベツ。


 それを蒸し焼きにすることで、更に柔らかくなる。後は濃厚なデミグラスソースと合わせれば、口の中いっぱいに柔らかな幸せの味が広がる。


 そういえば、料理長が作ってくれた鴨肉かもにくとキャベツを使った蒸し料理も美味おいしかった。


 フォアグラを鴨肉で巻いて、更にキャベツで包んだモノなのだが、口へ運んだ瞬間、うまみとコクが舌の上に広がるのだ。


 やはり、ソースが決め手なのだろう。

 素材の味を引き出すソースの使い分けが出来るのはうらやましい。


 ベシャメルやデミグラスなどの伝統的なソースなら、作り方は分かるのだけれど、なかなかに種類も豊富だ。


「陛下は私の作ったモノなら文句を言わずに食べてくれるから……」


 好物が分かりにくいのよね――頬杖ほおづえき、私が悩んでいると、


「大事な話の途中で、美味しそうな話をするのはめてください」


 アルテミシアにあきれられてしまった。


(おっと、失敗失敗……)


「まあ、惚気のろけるのは構いませんが……」


 夫婦仲がいいのは結構です――そう言って、アルテミシアはコホンと咳払せきばらいをした。


 彼女たちの樹花族ドリュアスはかなりの美人揃いなのだが、非常に面食いである。

 そのため、相手を探すのに苦労しているようだ。

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