第一章 タケノコと食糧問題

第3話 初物を食べると75日寿命が延びる(1)


「エレナ様、準備が整いました」


 と私の名を呼び、知らせてくれたのは銀兎シルバ族の少女『シグリダ』。

 私より一つ年上の専属メイドだ。


 寒さに強い種族で白い肌に銀色の髪が特徴的である。

 頭部から伸びた長い耳が愛らしい。


 可愛かったので拾った――というと私が変態っぽくなってしまう。

 行く宛てもなく彷徨さまよっていた所を保護し、侍女として召しかかえた。


 普段はおっとりとしていて、温和な性格である。

 だが、身体の発育はいい。放っておくと別の意味で食べられてしまいそうだ。


「時は来た、それだけだ」


 私は集めてもらった精鋭たちへ向け、言葉を放つ。

 目の前にいる女性たちは『採掘犬コボルト主婦軍団レディース』。


 採掘犬コボルトは二足歩行の出来る犬型の小型獣人だ。

 人間の容姿に近いシグリダとは違い、全身が毛でおおわれていた。


 この場合は人間よりも、犬に近い見た目をしている。

 ここ『ノヴァランチ辺境伯領』に住む多くの採掘犬コボルトは、この姿をしていた。


 大型種もいるらしいのだが、私はまだ会ったことがない。

 魔族ではなく、亜人としてあつかわれている。


 そして、今立っている場所は彼女たちの暮らす村の広場であった。

 『魔迷宮ダンジョン』での仕事が主な収入源のため、男衆はそちらに出掛けている。


「あらやだ、姫様カコイイ!」

「いやねぇ、もう姫様じゃないわよ」

「そうだったわ、王妃様になられたのよね♪」

「エレナ様、結婚おめでとうございます」


 などと採掘犬コボルト主婦軍団レディース独特な調子マイペースに会話を始める。

 終わるまで待っていると日が暮れそうだ。


「お静かに」


 わふっ!――と賢狼フェンリス族のメイド『イサベラ』が一声ひとこえ発すると、途端に採掘犬コボルトたちは大人しくなる。


 本能だろうか? どちらが上か理解しているようだ。

 心做こころなしか、シグリダもおびえているように見える。


(効果は抜群のようね……)


 彼女が『可愛いモノ好きだ』という事を知っている私としては、いささか気の毒に思えてしまう。


 まあ、統率力カリスマに関してはイサベラが持って生まれた資質なのでいたし方ない。

 ピンと尖った狼の耳。髪はナチュラルブラウンのミディアムヘア。


 目付きはするどく、長身痩躯そうくである。

 男性よりも女性に受けしそうな見た目をしていた。


 私の護衛も兼ねているため、戦闘能力も高い。【無限書庫】に幽閉されていた時間を差し引くと同い年になるのだが――


 そんな私と比べてみても、随分ずいぶんと大人っぽく見える。

 しかし、彼女のフサフサの尻尾に触れる権利は、主人である私だけのモノだ。


「朝早くから皆に来てもらったのは、他でもないわ」


 タケノコ狩りよ!――私は持っていたクワを杖の代わりに振り回す。

 そう、今の私は礼服ドレス姿ではない。


 これから山に入るための格好である。基本は長袖長ズボン。

 首にはタオルを巻き、足には長靴を装備。


 紫外線対策も兼ね、農作業帽子も忘れない。

 クワを持ち、カゴかつぎ――いざ、出陣!――である。


「タケノコってなにかしら?」

「ほら、竹林で採れる、アレよ」

「エレナ様、あんなモノが欲しいのかしら?」

「わたしたち、お弁当のおかずの相談をしただけよね」


 と採掘犬コボルトたち。説明をシグリダに任せたのがいけなかったのだろうか?

 いまいち、伝わっていないらしい。


 魔王国――いえ、元魔王国の食糧問題。陛下の話によると聖王国『ヴォイドザーム』と大陸最大の国家である帝国『ルーチェンバーン』との関係がこじれているらしい。


 聖王国がつかんだ情報によると帝国軍に動きがあったようだ。

 軍事演習と銘打めいうってはいる。


 だが、規模からしても『春になると帝国が小競り合いを仕掛けてくる』と聖王国は分析したらしい。


 それに備え、聖王国は食糧を始め、物資を多く集めていることにした。

 食糧の値段が高騰しているのも、それが理由である。

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