【短編】俺たちが子供の頃はケータイもスマホも無かった!

羊光

短編

「ごめんごめんって、電車が遅れちゃってさ。もうすぐ着くから」


 駅のホームでそんな声が聞こえた。

 見ると恐らく中学生くらいと思われる青年が電話をしている。


 口ぶりからすると相手は友達か、それとも彼女か。


 便利になったものだな、と俺は自分の年を意識してしまうようなことを思った。

 俺が中学生の時、携帯電話なんてなかった。


 いや、あったのだが、それは大人が持つものだ。


 クラスに数名は携帯電話を持っているらしい奴はいたが、持っていないのが大半である。


 俺も持っていない側だった。

 それでも不便に感じたことはない。


 クラスの友達と遊ぶ時は誰かの家に集合だったので、少し早く行こうが遅れようが気にする人は奴はいなかった。

 もし何かあっても連絡網というものがあったので、それを見て友達の自宅に電話をすれば良かったのだ。


 携帯電話が欲しいなんて中学生の俺は思わなかった。


 いや、それは少し嘘になるか。

 携帯電話が欲しいと思うことが出来てしまった。


 俺に『早紀』という親しい異性が出来たのだ。



 ――――過去回想。


 早紀とは部活が無くなった中学三年の頃から話すことが多くなる。


 でも、しばらくは放課後の使われていない教室や帰り道にある公園で話すだけだった。

 最初はそれだけでも楽しかったのだが、夏休みに入ると話す機会が無くなってしまう。


 夏休みも10日が過ぎて、堪らなく早紀に会いたくなった。

 家の場所は知らない。


 でも、早紀の自宅の電話番号は連絡網で知っていた。


 早紀は携帯電話を持っていなかったので、連絡を取る為には自宅に電話をするしかない。


 友達の家に電話をかけるなら、緊張はしない。

 しかし、女の子の家に電話をかけるのはとても躊躇いがあった。


 それでも、どうしても電話をし、早紀を誘いたいことがある。


 俺は一大決心し、早紀の自宅へ電話をかけた。


 電話をかけたのは8月5日、一週間後には花火大会がある。

 俺は早紀を花火大会へ誘いたかった。


 呼び出し音が鳴る。

 一回一回のコールが長く感じた。

 

 出来れば、早紀自身に出て欲しい。

 じゃなかったら、早紀のお母さんに出て欲しかった。


『はい、もしもし里崎です』


 その声は男性だった。

 早紀には姉妹しかいないので、男性は父親だけなことは知っている。


「あっ、えっと、僕、早紀さんのクラスの友達で、その、裕也って言います」


『……クラスメイトの君が何の用かね?』


 その声はとても淡々としている。


 とても緊張した。


 なんでもないです、と電話を切ることも出来ただろう。

 でも、そんなことをすれば、早紀と花火大会に行くことは出来なくなってしまう。


 俺は勇気を出して、もう一歩踏み込んだ。


「さ、早紀さんと花火大会に行こうと思って、お誘いの電話です!」


 緊張のあまり声が少し大きくなってしまった。


 早紀のお父さんは少し黙ってから「……早紀に代わろう」と言った。


 電話の向こうで声が聞こえる。

 そして、すぐに早紀が電話に出た。


「終業式以来だね」と早紀の声がした。


「そうだな。あのさ、一週間後の花火大会、一緒に行かないか?」


 俺の誘いに対して、早紀は即答せず、間が出来る。


 それがとても長く感じた。


「…………ごめん、行けない」


 それが早紀の答えだった。


「…………そっか。ごめんな、いきなりこんな誘いをしちゃってさ」


 あっさりと断られてしまった。


 ショックだったけど、それが声とか態度に出ないように注意する。


「ううん、ありがとう。花火大会にはいけないけど、海に行く……とかどうかな?」


 早紀は少し緊張しているようだった。


「えっ、どういうこと?」


「花火大会はお父さんたちと行くって約束しちゃったの。だから、裕也とはいけない。でも、夏休み中、裕也とは会いたいし、遊びたい。だから、海とかどうかな、って」 


 それを聞いた瞬間、俺はガッツポーズをした。


「全然良いよ! えっと、じゃあ、海に行こう!」


「うん。じゃあ、細かいことを決める為に一度会わない?」


「そうだね。その方が良いね。いつなら大丈夫そう?」


「じゃあ、明日の……」


 俺と早紀は集合場所や時間を決めて、電話を切る。


 その後、俺は舞い上がった。


 まだ告白をしたわけでもないのに、まるで早紀が彼女になったかのように喜んだのを覚えている。


 俺にとって一番恥ずかしくて、大切にしたい青春の一場面だろう。


 ――――過去回想終了。





「ただいま」


 大人になった俺は家族が待つわが家へ帰宅する。


「パパ、遅い」


 来年、中学生になる次女の香奈がムスッとした表情で出迎える。


「父さんは今日まで仕事だったんだから仕方ないだろ」


 中学三年生の長男、健大が香奈を注意する。


「あんただって、さっきまで、父さんまだかな~~、ってソワソワしていたでしょ?」


「亜樹姉、何言っているんだよ!」


 長女の亜樹にからかわれて、健大は怒っていた。


「ほらほら、あんたたち、お父さんは熱い中、帰って来たんだから、玄関で足止めしないの」


 最後に妻がリビングの方から出て来た。


「改めて、ただいま。夏休みなのに毎日仕事で申し訳ない」


「仕事なら仕方ないわ。それで大丈夫なの?」


 妻は心配そうに言う。


「ああ、何とか終わったよ。お盆は君の実家でゆっくりさせてもらうさ」


「良かった。あっ、でも明日はゆっくり出来ないわよ」


 妻は嬉しそうに言う。


「だって、明日は花火大会を見に行くのだもの」


 妻の早紀が言うと子供たちが、うんざり、という表情になった。


 中学三年生の夏、結局、俺は早紀、今の奥さんと花火大会へ行くことが出来た。


「ちなみに私たち、今日だけで二回も聞かされているからね。中学三年生の夏の話。両親の恋バナとか、子供にとっては拷問だよ」


 亜樹が説明と苦情を言う。


「亜樹、恋バナなんて大層なものじゃないわよ。お父さんとお母さんが海に行って、それから…………」


「あ~~、疲れたし、お腹も減ったから早くご飯が食べたいな」


 子供たちの前でこの話をされるのは恥ずかし過ぎる。


「ほんと、うちの親たちは新婚気分がいつまでも抜けないよね」


 亜樹が呆れていた。


 なんで俺まで?

 俺は年相応の落ち着きと節度を持っているつもりだぞ?




「そういえば、お父さん、あなたが来るのを楽しみに待っているわよ」


 食事の時に早紀に言われた。


「俺の方も楽しみだよ」


 早紀の家の男性はお義父さんだけだから、俺のことを本当の息子のように思ってくれている。


「思い出すわね。あなたが初めて私の家に電話を掛けた時、お父さんが電話に出たのよね。お父さんったら、突然のことでかなり不愛想な態度を取ったことを凄く後悔して…………」


「あ~~、今日はビールをもう一本、開けようかな。君のどうだい?」


 お義父さんの名誉の為に俺は早紀の話を強引に終わらせた。

 

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