解釈
異端者
『解釈』本文
三重県伊勢市の宮川沿い。
コンクリート製の鳥居の中央には、少し小さな字で「松井」と書かれその横に「孫右衛門社」とあった。
私はその鳥居から足を踏み入れた。
よくは覚えていないが、私は幼い頃は「見える人」だったらしい。
両親が言うには、誰も居ない所に向かって何度も話しかけていたそうだ。
特にこの宮川の川原に来ると「白いお爺さん」を見たと何度も言っていたそうだ。
白いお爺さん――その風貌を詳しく言うと、白い着物に笠を被り、杖を持った老人なのだそうだ。その老人は何をするでもなく川の方をじっと見ている。
それを聞いた父はきっと松井孫右衛門に違いないと言った。
境内には社の経緯を書いた案内板があった。
その中には、堤防を築く際に松井孫右衛門が人柱となったという記述があった。
夏だというのに、境内は少し涼しいような気がした。
父は私のそのことを思い出す度に、孫右衛門についても語った。
なんでも江戸時代の有力者で、私財をなげうって宮川の堤防の補強に努めたそうだ。それは通常の堤防に加え、流れを緩めるための「はねだし堤防」という川原から突き出した特殊な堤防を五つ設置する物だったそうだ。
当時、宮川は度重なる水害に悩まされる暴れ川だった。
そのため、大規模な堤防の増設が求められた訳だが、堤防の工事は遅々として進まず、ようやく最後のはねだし堤防の完成が近付いた頃に人々は「人柱」を立てるしかないと思うようになったそうだ。
人柱――大規模な建造物を守るために生きたまま埋められたり沈められたりする、つまりは生贄である。
その時、自ら人柱となったのが孫右衛門だった。その姿は幼い私の言ったように白装束に菅笠、片手に杖、もう片手に数珠と鈴を手にしていたという。
生きたまま棺に入れて埋められ、竹筒を通して地上に鈴の音で生存を知らせていたらしいが、三日目の晩にその音も途絶え死んだとされる。
境内には「伊勢市 天然記念物 けやき」と書かれた柱としめ縄が巻かれた立派なケヤキがあった。
確か、人柱にされたのが寛永十年(千六百三十三年)のことだそうだから、今から丁度三百九十年前――このケヤキはそれよりはまだ新しそうだった。
奥に進むと、人柱になったことを示す石柱と先程よりは小さな木製の鳥居、その奥に小さな社があった。
私は財布から小銭を取り出すと賽銭箱に入れ、きっちりと二礼、二拍手、一礼する。
――立派であって、あるものか!
「大変、立派な人だ」――父はその話をいつもそう締めくくった。
だが、私には納得がいかなかった。
理由はどうであれ、犠牲を強いられるというのは哀れではないのか?
それを自己犠牲の「美談」に仕立て上げてしまうのは、勝手ではないのか?
私には、未だに納得がいっていない。
父がどう言っても、その行為は「哀れ」であって「立派」ではない。
それも死してなお、縛られ続けるというのは不幸でしかない。
今は、もうその姿は見えない。
それでも、言おう。
あなたの役割はもう終わった。もう見守り続ける必要は無い。
どうか呪縛から解き放たれて成仏せんことを――。
完
解釈 異端者 @itansya
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