第3話・学習しました
彼は国一番の美姫と称されていた、エルメリンダ王妃に良く似た金髪に、碧眼の美少年だった。思わず見惚れてしまったわたしに、彼は言った。
「許婚が出来ると言うから、どんなに可愛い子が来るかと期待したのに……。この子が僕の許婚? 無愛想だし、全然可愛くないね」
わたしは黒髪に琥珀色の瞳。目鼻立ちがはっきりした父親の、勇ましい顔立ちを引き継いでいる。前世でも黒髪にこげ茶色の瞳だったので、今の姿に抵抗はない。お世辞でも可愛いなんて言われたことはないし、自分でもそういった類いとは無縁だと自覚している。
でも、殿下にまさかそんな風に言われるなど思っていなかった。わたしの予想としては、許婚となったからこれから宜しくという、お決まりの挨拶になると思っていたのだ。それなのに見た目が宜しくないと指摘されて面食らった。
相手は美少年。わたしの見た目は、ごくごく普通。彼から見れば物足りないと感じたのかも知れないけど、こればかりはどうにもならない。何と答えたものかと首を捻っていたら、不意に殿下が「痛い」と、声を上げた。
どうしたのかと注目すれば、彼の隣に並び立つエルメリンダ王妃が拳を握りしめている。声の主を伺うと、頭を押さえていた。
──もしかして王妃さまも? ──
辺境伯夫人の母は、わたしや兄がふざけて悪いことをやらかすと、ゲンコツを振り落とすことがある。何だかその姿に母が重なって見えて親近感が湧いた。
「……母上」
「失礼な事を言わないで頂戴。テレンツィオ。我が子ながら情けないわ。レディーに対してなんと言う物言いなの? ルーナ嬢。この子の言うことは気にしないでね。あなたは誰の目から見ても素敵なご令嬢よ」
痛いと喚く殿下を横目に、エルメリンダ王妃は身を屈めて話しかけてきて下さった。
「ごめんなさいね。うちの子が失礼な事を言って」
「いいえ。王妃殿下。お初にお目にかかります。オフニール辺境伯の娘ルーナにございます」
外見は7歳の子供だけれど、中身は中年女性。社会に応じた対応ぐらいは心得ている。実家ではマナーや、一般的な常識を学ぶ為に、家庭教師を付けられていたし、その家庭教師から教わったカテーシーを披露すると、王妃殿下は「ご丁寧な挨拶をありがとう」と、微笑まれた。どうやら気に入って頂けたようだ。
「長旅で疲れたでしょう? まずはお部屋に案内しましょうね」
麗しい王妃さまは心根も美しかった。わたしに失礼なことを言った殿下から庇って下さった上に、その日から何くれとなく気に掛けて下さった。わたしは殿下よりも、エルメリンダ王妃のことが大好きになった。
王妃さまが周囲にも目を配ってくれたおかげで、宮殿での暮らしは、思ったほど悪くは無かった。城内で働く人々も、中身は中年女性だけど、7歳の外見に引きずられるのか、「こんな子供なのに親元から引き離されて……」と、同情して、優しくしてくれた。
そのうち王都にあるオフニール辺境伯の屋敷に、両親や兄が変わるがわる領地から上京してくるようになると、月に何回か王妃さまの取りなしで、会わせてもらえるようにもなった。
その頃には、わたしも学習した。陛下に目を付けられてしまった、実家の辺境伯家の平和を守る為にも、大人しく許婚(人質)生活を送ろうと。わたしの行動1つでオフニール辺境伯家に不利があってはならない。丁度良く淑女教育が始まったことにより、それまでのわたしは顔に思ったことが表れやすい質だったので(こればかりは前世の記憶があってもどうにもならなかった)、それを上手く隠す為にも、淑女の仮面を被り続ける事にした。
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