💧王太子妃ルーナの最悪な結婚

朝比奈 呈🐣

最悪な結婚生活の始まり💔

第1話・最悪な初夜


「痛たぁ────────────────い!」

「お、おいっ。ルーナ」



 今夜は初夜。


 燭台の明かりがほの暗く室内を照らす中、天蓋の降りた寝台の中で、覆い被さってきた夫を前に、わたしは大声を上げる羽目になっていた。


「ルーナ、ば、馬鹿。声が大きい」

「そんなこと言われても、痛いものは痛いの」

「大袈裟だ」


 テレンツィオは隣室をしきりに伺う。そこには、自分達が幼い頃から養育係として側にいてくれた老齢の侍従長や、母親代わりの女官長が、数名の年配侍従や女官らと共に待機している。彼らはわたし達の初夜が無事に完遂されたかどうかの見届け人。


 事後、彼らを部屋に招き、シーツに残されたわたしの破瓜の血を確認し、初夜を無事に終えた事を確認する流れになっていた。


 王家のしきたりとはいえ、見届け人が隣室に控えている中で、初夜を迎えるなんて恥ずかしすぎる。しかも彼らは親代わりのような人達。その前で致すなんて気まずさが全開だ。


 夫のテレンツィオは、ガチガチに緊張しているわたしとは違い、マイペースだった。生まれ育った環境の違いだろうか? 生まれた時から、使用人を影のように付き従わせてきた生活を送ってきたせいか、彼は侍従長らが隣室に控えている事は全然、気にしていないようで、寝台に入ってくるなり「さっさと済ませるぞ」と、言って下穿きを脱ぐと、わたしにもそれを勧めた。


 嫌な予感がした。


 そしてその予感は当たってしまった。その結果、わたしはすぐさま悲鳴を上げる羽目になった。これ以上、続行は無理。もう止めてと涙目になっているわたしに、一方的に我慢しろと言い張る殿下。彼は止める気はなさそうで、早く終わらせてしまいたいと気が急いているようだった。


「お願い。止め……」

「痛いのは初めのうちだけだ。何度かしていればそのうち慣れる」

「……あぁ?」


 テレンツィオの言葉は、理解しがたいものだった。思わず変な声が出た。彼の言葉に気遣いなど感じられない。いくら自分達は政略結婚とはいえ、相手への気遣いも感じられない態度に腹が立ってきた。もう嫌だ! そう思ったら、足を振り上げていた。


「止めてって、言っているでしょうがっ」

「……!?」


 自分でも何故そうなったか、良く分からない。でも、気がつけば、踵がテレンツィオの顔面に当たっていた。淑女教育で培った淑女の仮面など、かなぐり捨てていた。彼は不意打ちで驚いたらしく、派手に背後に倒れる。そのおかげで彼から解放されたが、痛みは治まるどころか、いっそう酷くなった気がする。


「痛たたたたたた……」


 その場に蹲ると、テレンツィオが恐る恐る膝立ちで、近寄ってきた。利き手は鼻を押さえていた。


「おまえ、大丈夫か?」

「大丈夫なわけ無いでしょう!」


 怒鳴るわたしの前で、彼の息子は直立不動の体勢に入っていた。


「あ。悪い。おまえの中が狭すぎて……。このままだとこっちも辛い」


 許せよ。と、ここでも自分の事だけしか考えてない。苛立たせる彼が恨めしかった。


「あなたって最低。クズね」

「どうした? 怒ったのか?」

「あなたの顔なんて見たくもない。出て行け──!」


 テレンツィオを、問答無用で寝台から蹴り落とせば、彼の体がずしりと音を立てて落ちた。


「痛たたた……」

「妃殿下。どうなさました!?」

「わ、えっ? ちょっと、待っ……」


 わたしの大声で何かを察したらしい。隣室で待機していた女官達が、テレンツィオの制止を振り払い、わらわら部屋に飛び込んで来た。皆、頼もしい小母さま方だ。その後に続くのは、侍従の小父さま方。


「妃殿下。大丈夫ですか?」

「リラっ」


 淡い茶色の髪に新緑の瞳を持つ、聖母のような女官長リラの顔を見たら、安堵して涙が出て来た。リラがシーツで体を包んでくれながら抱きしめてくれる側では、「一体、何をしでかした?」と、凄む侍従長に怯えたような目をした王太子が、小父さま侍従らに取り囲まれて連れて行かれるのが見えた。


「何があったのです?」

「リラ。あのね……」


 心配するリラに、テレンツィオがやらかした事と、恥ずかしながら痛む部分のことを伝えれば、すぐに宮殿付きの女医を呼んでくれた。薬を処方され、しばらくは安静にと言われて静養に入った。


 その後、激高したリラ女官長は、侍従長に事の次第を伝え、王太子はこの二人から相当なお目玉を食らったらしい。わたしも殿下の顔面を蹴ったり、体を蹴ったりしたのに、それは不問とされたようだった。


 今回の事でわたしは、テレンツィオのことがますます嫌になった。彼とは将来結婚することが前提で、共に暮らして来た。そこに恋愛感情のようなものはなかったけれど、それなりに彼と良い関係を築こうと、今まで歩み寄る努力はしてきたつもりだ。


 それを彼はどう勘違いしたのか、わたしは自分に惚れ抜いているので、何をしても構わない相手だと都合良く、思い込んでしまったようだ。

 それは淑女教育の一環で、淑女とは慎ましく遠慮がちで男性を立てるものと、王家が掲げる淑女像に近づくべく努力した結果、そうなってしまっただけ。


 今まで笑顔の裏で本心を抱え込み、「このクズ男!」と、罵りたい気持ちを、何度喉元で抑え込んできたことか。これ以上、勘違い男には付き合いきれない。

 テレンツィオには、ほとほと愛想が尽きた。これからの結婚生活を、とても改善する気にはなれなかった。


 国中がわたし達2人の婚礼を祝ってくれているというお目出度い日に、わたしの気持ちは急速に冷めていった。

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