アヴェンジ・オブ・ジュブナイルズ

夜庭三狼

日本編第一章:FOOL RED EXTERMINATION

#1

 『M-SOムッスオ』という模倣空想世界に住む少年ジュール・アルベール・二コラは見覚えのある夢を見た。窓の外には砂岩で出来た建物が建てられており、巨大ロボットが街を徘徊し、現代では考えられないような技術がその都市にはあった。其処そこは高度な文明を築き上げた古代シュメール文明の都市国家の一つである『ラガシュ 』であった。

(またあの夢か……)

 そうジュールが思うと、遠くから声が聞こえる。

「おーい! 少年! 少年や!」

 其処に居たのは古代文明を彷彿とする衣服を着た女性であった。彼女は『エンメリムルズ𒂗𒈨𒇷𒀯𒍪』という天文学者であった。当然最初の頃は2人は別の言語であり別の時代であった為、通じる事は無かった。その際、ジュールが着ていた白衣のポケットに万能翻訳機が入っていた為、徐々にお互いの話を理解する事が出来、今では翻訳機を通して会話をするようになっていた。

「お久しぶりです、エンメリムルズさん」

「なんだよぉ、他人行儀な奴だなぁ」

「事情を知らない人が窓から見ていたらどうするんですか?」

「まあまあ、そんな事は言わずにさぁ!」

 そして、ジュールはエンメリムルズの部屋を見渡す。其処かしこに現代では考えられないオーバーテクノロジーのロマンが其処にはあったのだ。

(シュメール文明、もしかすると、本当はこんなにも発展していたんだろうね。何だか、感心するね)

 ジュールがそう思うと、エンメリムルズは椅子の腰掛ける。

「さて本題だ、世界の未来を教えてくれないか?」

 ジュールは内心狼狽えた。ジュールにとって、現実世界は不快でしかなかった。ジュールの脳内にネガティブな言葉が飛び交った。

(もし……未来が暗い事を教えたら、どういう反応をするのだ? はっきり言って、M-SOなんてクソだ。極悪非道な人間が得して、クズが支配して、真面目な人間と優しい人間が損をする。人々は思考停止していて、僕の声に耳を傾けてくれない、助けもしてくれない。……はっきり言って、悪徳に塗れた汚い未来じゃないか)

「少年、もしかして……言えない程悲惨かい?」

 図星を指したような笑みで見つめるエンメリムルズに、ジュールは必死に誤魔化した。

「そんなわけないじゃないか! 世界の未来は……!」

「無理しなくて良いんだよ。聞いているの私だけ、いくらでも話しなさい」

 その言葉を聞いたジュールは一息を吐いて、現実世界についての厭世的な意見を吐露した。

「正直言って、世界の明るいものではありません。悪徳に塗れ、悪徳に揚げ足を取られ、悪徳に支配される。純真無垢な子ほど不遇な扱いを受け、真面目な人は損をし、優しい人は下衆外道に陥れられ、何もかもが間違いだらけの未来だ。人々は思考停止していて、無辜むこの人を傷付けて、そんな無辜の人が死ねば皆知らんぷり。大人は伝えなければならない真実を隠して人を騙して……もう、人類に希望を見出せない」

 すると、エンメリムルズは少し微笑むと、ジュールの頭を撫でた。

「よく言えたね。じゃあ、その後、どう対処するのか、お姉さんと考えようか」

「無理だ、もう誰も動かないさ。僕の助手は辛うじて正義感が強いが、それも跳ね返されるに決まっている。たとえどんな賢者の言葉でも、民衆がその耳に傾くとは思えない。戦争を反対した作家や科学者の声を政治家が聞かない過去があるんだ。もう、人類は悪逆非道な生命体に堕ちてしまった」

 そのネガティブ思考なジュールの言葉を聞いたエンメリムルズはムスッとした表情で、ジュールの頬を突いた。

「な~にが『もう終わりだ。人類は救えない』だよ。民衆が聞かなくても、君が英雄として立ち向かえば良いじゃないか。君が言っていた〈父様〉は英雄だったんでしょ? 君もなれるよ、英雄に」

 すると、反射的にジュールはその言葉を否定した。

「なれるわけない! 僕は悪人だ! 僕は悪役でしかない! ……父様みたいには……もうなれないんだ」

 すると、エンメリムルズはまた微笑むと、ジュールの頬を撫でる。

「そんな悲観的になるなって、君なら出来るさ。私は賭けるよ、君が世界を救う事にね」

「こんな僕が世界を救うなんて……馬鹿げている」

 そんな厭世的で悲観的なジュールに、エンメリムルズは少し離れて、椅子に腰かける。

「少年よ、よく聞き給え。君は多くの間違いを犯したのは確かさ。悪意を毛嫌いして、大人達の命を奪ったって君からは何度も聞いた。だが、英雄というものは皆が正義では無いんだよ。いくら偉大な英雄でも、或方面から見れば、都合の悪い異端者だったり、許されざる犯罪者さ。これは敵側の視点だから何とも言えないが、逆に考えるんだ……。事をね、君の信念を貫きなさい。その時は不評でも、いつかは評価してくれるさ。君が貫く信念の理由を知った人をね」

 すると、ジュールはその言葉を聞き、自身の掌を見た。

「僕は……生まれ持ってのだ。それでも、神は僕を赦すのか?」

「嗚呼、きっと赦してくれるさ。英雄だって人は殺す。それに、神々は案外慈悲深い面もあるさ」

 その言葉を聞くと、ジュールは驚いて、エンメリムルズの方を向いた。そして、エンメリムルズがジュールの方を向いた。

「さて、そろそろお別れの時間だね。次の夢で……また会おう」

 すると突然、ジュールの意識が朦朧とした……。


―――――――――――――――――――――――――――――


 2010年7月19日月曜日10時27分・模倣空想世界『M-SO』・日本の関東首都圏の或都市にて、ジュールはいつの間にか自室のベッドで目覚めていた。ジュールは重い腰を上げ、部屋を見渡した。それと同時に憂鬱が重荷の如くジュールに圧し掛かっていた。

(自由の無い社会では、空想に逃げ込みたいものだね)

 ジュールは窓の外を見た。其処には果てしなく青い空と遠くにそびえるビル群があった。然し、ジュールにとってはそんな空も美しいとは思えない心になってしまっていた。ジュールは塞ぎ込みたい程残酷な過去から逃げ出す為に、今は亡き実母の故郷である東京に住むようになっていた。ジュールはフランスと日本のハーフであり、父親は第二次M-SO大戦の英雄であった。ジュールが礼儀に疎く、権威に嫌悪感を示すのは、両親の血が入っているからであろう。

「……はぁ、なんで生きてしまったんだろうか」

 不寛容で馬鹿らしいこの悪徳な世界は、ジュールにとっては〈地獄〉に過ぎなかった。真実は悪徳なる嘘により隠され、自由は封じ込められ、権力者にとって都合の良い社会を、ジュールは望んでいなかった。ジュールは幼い頃から読んでいたSF小説を手に取り、ベッドに寝転び、黙々とページをめくる。その小説は現代社会を風刺したかのような遥か昔に生まれたスチームパンクの小説であった。小説の世界に入って現実逃避をしようとしていたのだ。そして、権力を畏怖するような愚痴を零すように、ジュールは呟いた。

「ほら見ろ、大人なんて……皆詐欺師じゃないか。正義の面して攻撃する輩も、善人面して人々を苦しめる黒幕共も……」

 その言葉はまるでジュール自身を嘲笑するかのようで、皮肉ったような呪いの言葉であった。そして、その言葉を吐いた後、ジュールの葛藤を嘲笑うかのような思い出が終始ジュールの心情を砕く。

「なぁんで生まれちゃったんだろうなぁ……」

 そんな後悔と絶望を合わせたような黒い言葉を吐くと、部屋に近付く足音が近付いていく。ジュールは上半身を起こし、ドアを見る。その音が段々大きくなり、軈て扉がガチャと開くと、4歳下の少女がジュールに飛びつく。

「ジュールお兄様ーー!」

「ぐえうぇ⁉」

 ジュールは少女に抱き着かれと、その衝撃で、後ろへと倒れる。少女はジュールの妹であるアンジェルで、ジュールに対して異常な執着があった。

「……はぁ、またか。この朝は何回目だ」

「でも悪くないでしょ? それにしても、キュートな鼠耳ねずみみね」

「悪いも何も滅茶苦茶だ。アンジェル、もうこういうのはやめてくれ。頭を打ったら死んで仕舞う。……それに」

 すると、インターホンが鳴る。ジュールはインターホンの方へと向かい、応答する。ピッ、という音が鳴る。インターホンのモニターには水色の髪をした猫耳の少年が居た。

「はい」

「あ、博士。今お時間空いていますでしょうか」

「なんだ龍齢ロンリンか、取り敢えず家にあがれ」

「はい、お邪魔します」

 そして、龍齢はジュールの家へとあがると、アンジェルを見て咄嗟に叫んだ。

「ぎょええええええええぇええええ! 何で居るんですかぁ!」

「瞬間移動で入ったわよ」

「不法侵入じゃないですか! 博士は何で注意しないんですか!」

「注意するも何も……」

 すると、アンジェルは龍齢の方を向き、不満そうな顔で言った。

「何貴方……、私の事を疑っているの? そもそもジュールお兄様は貴方のものじゃないですよ?」

「え? この人何を言ってるの?」

「1年前からこの状態さ。もう諦めてるよ。でもせめて飛びついて来ないように龍齢が注意して欲しいんだ」

「成程、……え? 博士今なんて」

 龍齢は驚いた表情でジュールを二度見をする。

「だから、龍齢が注意してって」

「何でですか! 仮にも博士の妹ですよ? なんで俺の仕事になってるんですか⁉」

「もう僕はギブアップさ。なぁに言っても変わんない」

「諦めちゃ駄目でしょ!」

「もうこれ以上は変わんないと思う。そもそも僕説教なんて苦手だし」

 その言葉に龍齢はまるで駝鳥の記憶力の無さに呆れた表情をしていた。

「だとしても俺に頼まれても……。言う事聞かないだけですよ」

 すると、龍齢は我に返ったかのように思い出した。

「ハッ! 危うく用件を忘れるところでした!」

「……用件? 取り敢えず、菓子と珈琲を持ってこよう」

「有難う御座います!」

 そして、ジュールは龍齢に珈琲とクッキーを差し出した。

「それで、どういう用件だ」

「マルタンさんから、世界の治安の向上をして欲しいという」

「兄上から?」

「マルタンお兄様は意地悪ね、私ならすぐに解決出来るのに」

 そうアンジェルが言うと、龍齢がジュールに囁くように尋ねてくる。

「あの、アンジェルさんってマフィアのボスですよね」

「そうだが、アンジェルは一般人や子供に極悪非道な事はしない。エスアも悪用するような悪童になった覚えもない。あの組織の人達、マフィアと名乗って良いのかっていうぐらい家族愛の凄いお人好しが多いし」

「へぇーイタリア人って優しいねぇ。って……そうじゃなくて、アンジェルさんが出向いたら大惨事になってしまいます。アンジェルさんがこういう任務に出向くと、すぐ住民がパニック状態になってしまいます。だから、マルタンさんは博士に依頼したんですよ」

 ジュールはまるで考える人のように自身の顎に触れ、少し考えると感心した。

「……世界保安機関はこういう先の難儀にも配慮するんだな。てっきり権威と悪徳と犯罪から人々を守るだけの組織だと」

「住民が犯罪組織とか権利濫用とかに気付いたら、敵勢力側にも気付かれて、それこそ問題が深刻化するだけです。アンジェルさんはいつもバレる方法で解決しようとするから……」

「……何?」

「いや、何でも無いよ。でもマルタンさんは博士に依頼していると思うから、アンジェルちゃんは休んでいてね」

「……まあ良いわ、その依頼には『GWFCs』も関連しているんだってね」

 アンジェルのその言葉を聞くと、ジュールは硬直した。

『Great Worlds For Conquerors』……通称『GWFCs』はM-SOに於いて最低最悪の犯罪組織であり、幼き頃のジュールが大事にしていた青春と優しさを破壊し、ジュールを復讐鬼にさせたジュールの仇敵でもあった。

「ちょっと、それは秘密に」

「私は月属性のエスアストよ、心ぐらい読むのは容易いのよ?」

「だとしても、博士にとってのトラウマでも……」

「龍齢、すぐに準備しよう。龍齢、君も勿論来るだろ? 他には誰が同行するんだい?」

 ジュールの乗り気な態度に龍齢は困惑気味であったが、その問いに答えるように言う。

「凪花さんも同行します。妹はアンジェルさんに預けるらしいです」

「彩葉ねぇ~、あの子は能天気で私の悪戯愛の表現で気に入らない反応するけど、まあ悪くは無いわね」

 すると、ジュールはアンジェルの言葉を聞き、アンジェルに釘を刺した。

「セクハラだけはやめろよ。それで関係の無い僕が凪花に殺されそうになったんだからね」

「セクハラはジュールお兄様だけにするって言ったじゃない」

「ひぇ、怖ッ」

 アンジェルの言葉に龍齢は畏怖したが、アンジェルはその反応に気にも留めなかった。そして、アンジェルはジュールに伝えた。

「一応言っておくわ。敵はGWFCsだけじゃない、自分達の利益の為なら無差別テロも行う要注意ポリコレ団体『Awakening Berries Inc.』もよ」

「最近、『日本人女性はゴブリン種の子を望んでいる』ってデマを流したタシャコニエラ・コッキーソンTashakoniela Kockiesonっていう奴もその団体の一員だったね」

「酷い! 日本人女性全員がそうじゃないのに、ゴブリン種の人達にも、日本人女性達にも失礼な事を……。正義の皮を被った悪徳団体じゃないですか! 」

 ジュールの言った情報に龍齢は憤怒していた。その顔を見たアンジェルは話を続けた。

「そう、去年イタリアのナポリでも破壊活動をしていたから、こっちの逆鱗にも触れているわ。まあ私はイタリアでファミリーと共に待っているから。……それと凪花、玄関の外で待っているのは知っているよ。入って来なさい」

 すると、アンジェルが玄関の方へと手を招くように手を動かすと、凪花はクォウォワワワ~ンという音と共にアンジェルの前へ転送される。

「ふぇ⁉ あれ⁉」

「心を無にして頑張ろうとしていたけど、バレバレよ」

「は、恥ずかしい……」

 すると、ジュールは白衣を羽織り、朱色の紐の付いた薙刀を手に取る。

「さて、こっちは準備が出来た。思う存分、徹底抗戦としよう」

「はい、頑張りましょう」

「判断を誤れば、日本の命運が決まって仕舞います。くれぐれも油断大敵です」

 そう意気込む3人にアンジェルは笑みを浮かべた。

「さて、私はもうイタリアに帰って私の友人達とイタリアに居るあいつらに説教をしに行くから、貴方達は日本で頑張ってなさい」

 その言葉を言ったアンジェルはシュピピンと瞬間移動でジュールの自宅を去っていった。すると、ジュールは凪花に向けて

「凪花、今からする事は日本の命運を決めるものだ。だが、自身の命を死と生の境界線に預ける事となる。それでも、君は闘うのかい?」

「……私は決めたんです。妹を守る為なら、どんな結末でも受け入れます」

 すると、ジュールはその返答に内心哀愁のある嬉しさが込みあがっていた。

「君がそう言うなら、僕も結末を受け入れる覚悟をしよう。諸君、これより行われるのは……僕ら『猫鼠鬼隊びょうそきたい』の抵抗運動レジスタンスさ」

 こうして、3人の少年少女は世界保安機関から受けた依頼の遂行の為、歩み始めた。そしてそれが、M-SO……否、全空想世界の命運を決める全面戦争になる事を彼らはまだ知らない。歩め少年少女よ、闘え少年少女よ。未来の希望は今、少年少女に託された。

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