第8話 咳止め薬作り

「さぁ! 頑張るわよ!!」


 腕を捲し上げて気合いを入れる私に、ハープは心配そうな顔を向けていた。

 ハープが一日の休みを取った日から三日が経ち、シンバルに取ってもらったフィーネの根や他の根や茎なども十分に乾燥できている。


「奥方様。その干からびた根や草が薬の素なんですか?」

「ハープ。これは干からびているんじゃないの。乾燥させたのよ。まぁ……同じといえば同じだけど。気持ちの問題ね」

「なるほど……それで、これをどうされるのですか?」

「これを、こう、するの!」


 フィーネの根をナイフで輪切りにしようと力を込める。

 だけど、乾燥させたせいで硬くなってしまっていて、なかなか切れない。

 力いっぱい体重をかけて切ろうとするけれど、全然ダメ。


「あの……奥方様? 危ないですよ? それを切りたいんですか?」

「ええ。この後さらに細かくするのだけれど、それこそ粉になるように。そのままでは出来ないから出来るだけ小さくしたいの」

「では、このように切られるといいかと思いますよ。貸していただけますか?」


 言われた通りにナイフをハープに渡すと、彼女は根の片側を持ちあげると、斜めに刃を当て、擦るようにナイフを上下に動かした。

 ハープがナイフを動かす度、薄く削がれたフィーネの根が台に落ちていく。

 瞬く間に根は小片になり、代わりに削がれたフィーネの根が台の上には山のように積みあがっていた。


「まぁ凄い! ハープったら凄いわ! こんなやり方があるなんて!!」

「薬作りはしたことがありませんが、料理は母の影響で色々としていましたから」

「私も料理を勉強した方がいいかしら?」

「いえ! 奥方様に料理させるなんて! あ、いえ……薬作りをされているのも本来なら言ってくだされば専門の者を用意するのですが……」

「薬作りは私の趣味。いいえ。生きがいですもの。他の人にやってもらうわけにはいかないわ」


 削ぎ落してもらったフィーネの根を、更に細かく刻みながら、そう答える。

 ハープは私を見ながら、笑みを浮かべた。


「そうですか。おこがましいことを言い、申し訳ありませんでした」

「良いのよ。でも、これからも私のやり方よりもっといいやり方を知っていたら、教えてちょうだい。凄く助かるわ」

「承知しました。それにしても、奥方様が作られた軟膏は、本当によく効きます。あれから言われた通り、毎日、水仕事をした後、それと朝起きた時と寝る前に塗っているのですが、前までの辛さが嘘のようで。今では潤いまで感じます。本当に感謝の言葉もございません」

「あら。それは良かった。無くなりそうになったら言ってね。材料はシンバルにいつでももらっていいって言われているのだから」

「ありがとうございます。他の者にも渡したところ、好評でして。それでもまだまだいくつもの容器が残っていますので、しばらくは大丈夫だと思います」


 シンバルに切ってもらったフォルテの葉は、とても大きく肉厚で、全てを使ったらとんでもない量の軟膏が出来上がった。

 持ち運びしやすいよう小さな容器に小分けして、ハープに渡している。

 ハープ以外にも手荒れに悩む使用人はいる様で、誰に渡したかまでは把握していないけれど、気に入ってもらえたなら嬉しい限りだわ。

 あの薬は手専用だから、他の部位、特に顔などには使わないようにだけきちんと守ってくれているか、少し心配だけれど。

 そう思いながら、刻んだフィーネの根を他の茎や実を乾燥させたものを細かく刻んだものと一緒に、石臼の投入口に入れる。

 ハープに石臼を頼んだ時は、何に使うのかと驚かれたけれど、用途を伝えるとこんな小さな大きさのものを用意してくれて、そちらの方が驚きだった。

 いずれにしろ、どうしてもできるだけ細かな粉にしないといけないから、私の知識では石臼でないと作れないから助かったわ。


 ゴリゴリと音を立てながら、石臼の外に細かな灰色の粉が出来上がっていく。

 この石臼を作ったのが誰か知らないけれど、とても便利で、石臼が漏斗の上に置かれているような作りになっている。

 出来た粉は漏斗ろうとに落ち、そしてその下に置かれた容器に全て自動で集まる仕組みだ。

 これなら出来た粉を集めきれずに無駄にすることもないし、何より、粉を汚すこともない。


「ねぇ、ハープ。この石臼だけど」

「はい。奥方様。どうされました? その石臼がどうされましたでしょうか」

「とても使いやすいの。びっくりするくらい。力が無くても回せるし、それにこの漏斗。とてもいいわ。この石臼を作った方が誰か、知ってる?」

「ああ。オーボエですね。うちのお抱えの職人です。先代様が小さい頃にその才能を見出した腕のいい職人ですよ。頼んだものは大体作ってくれます。不愛想ですが。そういえば、彼も職業柄手荒れが酷くて奥方様からもらった軟膏を渡したら、珍しく目を細めて喜んでいましたね」

「まぁ! そうなのね。今度時間があるときに、ぜひお会いしたいわ。でも、まずはこれを全部片づけてしまわなければね」


 私は必死で石臼を回す。

 ハープに言った通り石臼はとても軽快で、そこまで力を込めずに回ってくれるけれど、量が多い。

 使う分だけやればすぐに終わるけれど、どうせなら全部終わらせてしまいたい。

 せっかくシンバルが丹精込めて育てた草花をもらったんだもの。

 無駄にするなんてもったいないわ。


「あの……奥方様。差し出がましいことを言うようですが、石臼を挽くのを交代しましょうか?」

「えーと……そうね。少しの間だけ代わってもらえるかしら。ダメね。体力が無くて」

「いえ。大丈夫です。奥方様はそちらで少し休んでいてください」

「ありがとう。これでも、実家にいる時よりはましになったのだけれど……旦那様がいらっしゃるまでにはもう少し体力を付けなくてはね」


 石臼の取っ手をハープに任せると、勧められるままに一人掛けのソファに身をゆだねた。

 ハープは私よりもずっと早い速度で石臼を挽いていく。

 それを眺めながら、私は王都で責務を果たされている旦那様。

 こんな素敵な生活を私に許してくださっている、オルガン様のことをぼんやりと思い浮かべた。

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