第9話 くだらない(オルガン視点)
「それではこれにて
議長であるトロン陛下の声で、皆席を立ち退室していく。
まるで俺から逃げるように。
そう思うのは
出入り口は二つあるのに、俺がいるこちら側には誰も来ないのだから。
「オルガン! 息災か!?」
訂正しよう。
一人だけいつも来る方がいたな。
よく飽きずに関わろうとするものだ。
そのせいで無駄な
「トロン陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう――」
「あー、よいよい。そういうくだらぬ弁はお主から聞きとうない」
「なんの用でしょう。陛下」
「なんの用はないだろう。お主の婚姻の話を聞いたのに、一向に挨拶がないからこうして声をかけておるのだ」
トロン陛下は長く伸ばした白髭をさすりながら、にやけ顔でこちらを伺う。
まったく……いい年だというのにいつまで経ってもいたずら心の尽きぬお人だ……
「お言葉ですが陛下。わたくしの婚姻の件ならばすでにデミヌエ男爵と連名にて事前のご報告を」
「うむ。わしの許可がなければ貴族の婚姻は許されぬのだから当然だ。それで? お主と結婚できた幸せ者の花嫁はいつ紹介してもらえるのだ?」
「ご冗談を。わたくしと結婚した者が幸せ者な訳などありえません。妻は残念ながら体が弱く、すでに領地で療養中です。デミヌエ家の長女が社交界に一度も参加できていないのは陛下もご存知のはずです」
「うーむ。まぁ、よい。結婚の祝いをやろうと思っていたところだ。何が欲しいか言ってみよ」
また困る質問をしてきたものだ。
トロン陛下はなにかと私に目をかけてくれている。
しかし正直なところ、この見た目のせいで他の貴族からの覚えが良くない俺に構ってくれない方が良いというのに。
「それでは陛下。お言葉に甘えまして。私にそろそろ
「ならん。お主の願いは到底聞き遂げられぬな。わしが死ぬまでは尽くせ」
「仰せのままに。では、この話は保留ということに」
「つまらんのう。花嫁にはわしの方で何か見繕って送ってやろう。少しでもわしに会いたくなるものでもな」
「感謝いたします」
お礼の言葉を発すると、笑いながら背中を一度叩かれた。
退室もせずにこちらの様子を伺っていた何人かの貴族から声が漏れる。
またか……いつになったらこのくだらぬ噂は消えるのだ。
そんなことも気にせず、トロン陛下はにこやかな笑みを浮かべ去っていった。
「見たか? 今、陛下が仮面侯爵に触れたぞ?」
「触れれば移るという話だろう? これで陛下のお身体にもしものことがあったら、一体どう責任を取るつもりなのだ」
「まったく。あんな厄介者をいつまでも置いておく陛下のお気持ちが分からん。私なら、すぐにでも国から追い出すというのに」
トロン陛下がいなくなったのを見計らって、次々と好き勝手な言葉が漏れ出す。
こちらに聞こえていようがお構いなしだ。
くだらない。
そうやって人を下げるしか能のない者たちが国営に携わっていると思うだけで、まだこの職を辞められない。
わざと集団が溜まっている出入り口の方へ向かい、声を発した。
「なにか?」
来るとは思っていなかったのか、あからさまに
実にくだらない。
何も言い返せない集団を割るように、俺は退室した。
☆
「兄上! これは一体どういうことですか!」
王都の別邸に戻ると、オリンが出迎えた。
血相を変えて、大声まで出して。
いつも貴族らしく平静を装え、と言っているのに。
これさえ出来れば能力としては申し分ないのだが。
やはりオリンに必要なのは落ち着きだな。
そんなことを考えていると、オリンが詰め寄ってきた。
「兄上。どういうことかと聞いているのです!」
「どういうこと、とは?」
「とぼけないでください! 兄上の結婚の件です! 結婚するなんて聞いてませんよ!」
「お前が俺の結婚に反対だったとは知らなかったな。いつも俺が結婚するまでは自分は結婚しないと言っていたのに。俺のことは口実で、クラリー嬢と結婚したくなかったのか?」
俺の冗談に、あからさまに顔を真っ赤に染める。
母上に似て色白だから、顔色の変化がよく分かって面白い。
やはりオリンは落ち着きを身に付けないといけないな。
「茶化さないでください! もちろん、兄上が結婚することには賛成です! クラリーと結婚……け、結婚したいにきま……決まってる……じゃないですか……」
今度は恥ずかしさで顔どころか耳まで真っ赤だ。
いくつになっても面白い。
おっと、いかんいかん。
俺もトロン陛下のことは言えないな。
だが、やはりオリンは落ち着かない方がいいかもしれない。
これがオリンの愛嬌だからな。
「あっはっは! だから俺のことなど気にせず先に結婚をすれば良いと言っていたのだ。いつまでも首を縦に振らないから骨が折れたぞ」
「まさか……! 俺のためにあんな女性と結婚を!?」
「おい。口を慎め。お前から見れば義姉だ。あんな、呼ばわりはダメだろう」
「しかし! 噂によれば、身体が弱く社交界に出られないというのは口実で、実際は狂人だから外に出すことが出来ないというではありませんか!」
オリンの言葉に、俺は目を細めてオリンの目をまっすぐと見据える。
俺の意思が通じたのか、それ以上の言葉を紡ぐことはなかった。
少しは大人になった部分もあるようだ。
それはそれで嬉しいことだが。
「噂……か。俺の噂も信じるか?」
「あんなもの! 根も葉もない馬鹿げた話です! 兄上に触れると病が移るなど!」
「そうだな。そういうことだ」
「では、デミヌエ男爵家の長女の噂も真っ赤な嘘だと? 兄上はそうだと知っていたのですか?」
オリンの目から視線を少し逸らし、俺は少しばかりの時間だけ接した彼女のことを思い浮かべた。
「いや。身体が弱いというのは嘘だろうとは知っていた。庭で元気そうな姿でいたという目撃者がいるらしいからな。ただ狂人の方は……そうだな。正直、噂が本当でも問題ではなかった。この俺と婚姻を結ぶのだから、そのくらい受け入れてやるのが筋だろう」
「そんな! 兄上はご自分の評価が低すぎます! 周りのいう言葉など無視してきちんと相手をお選びになれば良いのに!」
「事実は事実だ。この見た目で俺に愛されたいと願う女性はおるまい。噂は嘘だが、俺の見た目は本当だからな。この仮面が外せないのが何よりの証拠だ」
「俺は気にしません! クラリーだって!」
オリンの婚約者であるクラリーは確かに性格が良い。
俺の素顔を知っているが、変わらず接してくれている。
しかしそれは俺がオリンの兄だからだ。
俺と婚約者の関係になりたいとは思わないだろう。
「お前は幸せ者だ。オリン。いずれにしろ、約束通り結婚したのだ。早くお前も結婚して、亡き父上と母上を安心させろ」
「……っ! 俺はまだ認めていませんからね! 兄上はまだ職務で帰れないのでしょう。であれば、俺が先に戻り、狂人かどうかを確かめさせてもらいます!」
「おい。やめておけ。彼女のことはドラムに任せている。おい。はぁ……」
俺の引き止めも聞かず、横を通り過ぎ出ていってしまったオリンに向かい、ため息を吐く。
全く誰に似たというのか。
父上だな。
ああなっては俺が何を言っても無駄だろう。
そろそろドラムからの定期報告届く頃だったのだが。
仕方がない。
最悪の事態にならぬようにはドラムに伝えてある。
オリンのこともきっとなんとでもしてくれるだろう。
俺は外套を使用人に渡し、残っている仕事をこなすために、執務室へと向かった。
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