第200話 グングニル鋼
アナナマスは戸惑いを隠そうともしない。また同じ戦い方を繰り返そうというのだろう、消えた。神速で間合いを詰めようというのだ。動きがあまりにも直線的過ぎる。俺はそれにタイミングを合わせた。目の前に現れたアナナマスに向けて袈裟斬りにヒートステッキを撫で下ろす。
手ごたえなし。かなぶり? ふと、視線を上げるとアナナマスが十歩ほど距離を取ってたたずんでいる。
フェイント? いや、違う。やつは試しただけなんだ。こと技というものに関して言えば自分の方が劣っている。アナナマスはそれを今、理解した。
案の定、アナナマスは戦い方を変えた。今度は一歩、一歩と歩み寄り、平然と俺の間合いに入る。そして、息もつかない迅さで両手を振り、俺を攻め立てる。ノーダメージのヒートステッキは無視するつもりなのだ。
策も何もあったもんじゃぁない。まるで癇癪を起した子供のようにむやみやたらに腕を振り回す。俺はその場に踏ん張って、斬撃の間隙を縫って何度かアナナマスにヒートステッキを叩き込んだ。
相変わらずアナナマスは全く意に介さない。それどころか、さらに攻撃の手を強めていく。
腕の動きも、人体の構造のそれとかけ離れていく。関節なぞ思いもよらない。腕や体は蛇のようにうごめき、やがては魑魅魍魎のごとく変幻自在となる。後退せざるを得ない。
迫り来る爪を振り切れないでいた。一振りまた一振りと、斬撃に
俺の心臓も灼熱に熱せられた鉄球のようだった。一手や二手どころではない。何十手も先を読まなくてはならない。脳から脊髄に至る全神経はショートする寸前。
アナナマスはというと俺の限界を察知しているようだった。斬撃の質がスピードから、よりパワー重視へと変貌していく。果たして、ヒートステッキは跳ね上げられてしまう。
アナナマスの望む展開。
「カイザーナックル!」
音声で作動させた。カイザーナックルが鋭い金属音と共に起動する。パワード・エクソスケルトンの武器はヒートステッキやブラスターだけではない。
アナナマスはノーダメージのヒートステッキを無視した。ところが思いの他、攻撃を食らってしまっていた。それがよっぽどストレスだったのだろう。
強引に跳ね上げたのもそうだし、繰り出されようとする左爪もそう。力が入りすぎてモーションがでかくなり過ぎた。鬱憤を晴らすべく、今までにない渾身の左爪が俺の右側頭部を襲う。
だが、それじゃぁ俺は倒せない。右足を大きく後ろへ引いくと足裏で地面を強くグリップ、重心も後方へと移動させた。
アナナマスの左爪が目の前を駆け抜けていく。流星のごとく、輝く尾を引いていた。
魔法ではない。おそらくは超物理攻撃。大気を構成する分子が電離し、プラズマが発生している。
俺はのけぞっていた上体を起こすと同時に左へ踏み込む。体重は素早く、強く、左足に移された。
渾身の右フック!
ドンピシャだった。ヴァルファニル鋼の側頭部とグングニル鋼のカイザーナックルが激突。
超物理のアナナマス渾身の一撃にパワード・エクソスケルトンのパワーが乗った。グングニル鋼は宇宙船の船体やハンプティダンプティのボディーにも使われている。そのグングニル鋼がしなり戻ったかと思うと、爆発がおきたかのようにアナナマスは頭から吹っ飛んでいく。
地面に叩きつけられた。その勢いはとどまることを知らず、二度三度地面に跳ねたかと思うと枯草を巻き上げて転がっていく。
決める! 俺は飛んだ。アナナマスのルーアーの場所は分かっている。着地するとアナナマスの胸目がけ、カイザーナックルの切っ先を叩き込む。
爆音と砂煙を上げ、カイザーナックルは、地面に突き刺さった。やはり、手ごたえは無い。振り向くと十歩ほど先でアナナマスがゆらりと立ち上っていた。アナナマスの頭、左半分が無くなっている。
ふと、違和感を覚えた。ヘッドガードがない。
恐る恐るヘルメットを触った。溶けたような、削り取られたような損傷。ヘルメットに五本の爪跡が刻み込まれている。
いつのまに。
相討ち。まったく気付かなかった。どこでやられた? カウンターの時か。それともとどめを刺そうとした時か。
受けたのはヘルメット部分でよかった。防御の少ない体に受けたなら、その時点で即終了だった。
アナナマスの頭左半分が復活していく。ヴァルファニル鋼がうごめく音が聞こえる。それぐらい俺たちの間に沈黙があった。
静かだった。今まで死闘を繰り広げていたとは思えない。
アナナマスの醸し出す雰囲気に怒りも苛立ちも感じなかった。禍々しいオーラも凍るような霊気もない。目の前にいる男はまさにヴァルファニル鋼の人形。何もなかったように俺を眺めている。戦慄が体の芯を突き抜けた。
アナナマスの口元に小さな赤い魔法陣。
突然、手首がヒヤッとしたかと思うと血しぶきを上げた。熱湯をかけられたように、痛みやら熱さが襲って来る。そしてポトリと、手首から先が地に落ちた。
「ぐっ」
なにをした? 魔法? アナナマスめ、前言撤回か!
失った手をもう一方の手で押さえる。アマナマスはというと、感情のない滑石の表情で一歩一歩と近づいて来る。
「遊びは終わりです」
アナナマスは歩きながらまたドラゴン語を口ずさんだ。今度は右膝のあたりから血しぶきが上がる。がくっと右に体が揺れ、枯草の上につっぷした。
「ぐっ!」
強烈な痛みと熱さが脳髄を突き上げる。右足が切断されていた。
「誤解しないでくださいね。ズルはしてませんよ。君への魔法の直接攻撃は反則ですもんね。だから、僕は君じゃなく空間を切った」
くそっ。寂しがり屋め。楽しんでやがる。
アナナマスは目の前までやって来ていた。芋虫のように地に丸まる俺を見下ろしている。
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