第199話 神


先ずは挨拶代わりに一発かましてやるか。俺はポケットから七つ口のドラゴンのルーアーを取り出した。アナナマスはというと全く警戒していない。未だ奇怪な笑いを見せていた。


手の平にルーアー。


『ラルシュラ・リム・パルシエンダム(イクィバレント・エクスチェンジ)』


等価交換。手の平の上に緑色の魔法陣が展開された。


ところが、待てど暮らせど七つ口のルーアーが消えない。アナナマスは余裕で立っている。もう一度、等価交換のドラゴン語を唱えた。


結果は同じだった。七つ口のルーアーはピクリとも動かない。


「等価交換なんてなかなか面白い発想をしますね。ですが、僕には通じない」


アナナマスはハイネックのジャケットを、胸の部分だけはだけて見せた。


白肌のたくましい胸。その部分だけが、黒く艶のある陶器のような材質に変化したかと思うと瞬く間に色を失い、ガラス細工のような透明へと変わる。


胸の中心。そこにピンクオレンジの光る玉が浮かんでいた。


「僕のルーアーは他とモノが違います。僕のは最後の一つ、真のルーアーなんだから」


………百人分の魂のやつ。


それでこいつの正体はヴァルファニル鋼製の人形。ヴァルファニル鋼は魔素結晶だという。ローラムの竜王が計り知れない力と評したことがうかがいしれる。あるいは、マスター・ヴァウラディスラフとて、こいつとまともにやり合ったならどうなるものか分かったもんじゃない。


「偽物同士ならいざ知らず、僕のはマスター・ヴァウラディスラフと同じ、れっきとした本物のルーアーです。気付きませんでした? 僕には世界樹もなにもない」


どおりで惑星シールドを張れるはずだ。


だが、まぁこれは想定内。何たって相手は魔法を誰よりも熟知している。これはただの挨拶。魔法で勝てるなんて一ミリたりとも思ってねぇ。ブラスターを抜いた。素早く構えるとエネルギー弾を放つ。


アナナマスは軽やかにステップを踏んでどのエネルギー弾も余裕でかわしていく。なんたって装備どころじゃなくボディーそのものがヴァルファニル鋼だもんな。これくらいは屁でもないってわけか。


それにしても余裕だな。有無も言わさず、それこそさっき、俺の魔法陣を破壊してもよかったんじゃないのか。俺はブラスターを拡散モードに切り替えた。これならかわしようがない。


まぁかわしようはないけれど、やはりアナナマスには効いていない。まるで小雨でも降っているかのようにアナナマスは平然と立っている。仮に間違ってルーアーにエネルギー弾が当たったとしても、どうなるもんでもない。


ルーアーはヴァルファニル鋼か、竜王の加護でしか破壊できない。直接攻撃以外、足止めにも何にもなりゃぁしない。


ボディーもヴァルファニル鋼となれば、やはりブラスターじゃダメか。直接攻撃はいいが、さて、どうやってチャンスを作るかだ。


こいつは失われた文明の技術の粋を集めて造られたと言っていい。俺は足元にあるフルフェイスのヘルメットを拾うと被った。ヒートステッキを背中から抜く。


『ラウム・スム(サイレント・ギャラクシー)』


十秒間、ただ時を止める魔法だ。魔法陣はちゃんと制御されている。直径三百メートルの円を描いていた。


アナナマスは動いていない。飛び交う綿毛も宙に固まっていた。俺は一気に間合いを詰めると横なぎにヒートステッキを振るう。


だが、空を斬った。アナナマスが後ろに飛んでそれを交わしたのだ。フェイク!


やはりサイレント・ギャラクシーも無駄だった。いや、そもそも魔法そのものがこいつには通じないのかもしれない。


ローラムの竜王自身も魔法を無効に出来る。そのローラムの竜王に計り知れない力を持つ者と言わしめたのだ。


冷静に今考えるとヴァウラディスラフに化けていたのも見抜けないでいた。もしかしてダンジョンも、俺のスキルで消えたのではなかった。アナナマスが消した。その証拠に宮殿の映像は出来過ぎだ。あれも全てとは言わないが、魔法だったのかもしれない。


だとしたら、俺の竜王の加護は、波動で飛ばすも飛ばさないも関係なしにアナナマスの魔法に余裕で突破される。そのうえ俺からの魔法は通じない。身震いがした。


怪物、いや、神だ。


やつが魔法を使わないのは俺の心を打ち砕くと宣言したため。竜王の加護をはぎ取らないのも、魔法陣の破壊もそう。俺から魔法を奪わないとも言った。俺の土俵で戦ってまさに俺の心を砕こうとしている。


そう仕向けたのは俺だが、今更ながら感心してしまう。正常な思考の持ち主なら絶対に手を出さない相手。


頼むぜ、前言撤回なしでお願いする。そう考えた次の瞬間、突然アナナマスが目の前に現れた。一瞬にして間合いを詰めて来たのだ。


噂で聞いたバリー・レイズのテレポーテーションのごとくな神速。やつの拳が轟音を立てて俺の顔面目掛け向かって来る。俺はというと間一髪、サイドにステップを踏みそれを交わす。そして、その動作と連動し、抜き胴の形でヒートステッキを振るう。


俺たちは交差する。手ごたえはあった、と思った。やつの体を切り裂く発光も飛び散る火花も、横目で確認した。振り返る。が、アナナマスは平然と立っていた。服にも傷一つ付いていない。


アナナマスが飛びかかって来る。その姿は狒々ひひを彷彿とさせた。歯をむき出しにし、剣のごとくな爪を立てている。斬撃が一つ二つと降って来る。俺はバックステップを重ねそれをかわすと間合いを取る。


ふと、胸元に長々と裂け目があった。


ドラゴンシルクの衣服が破れ、肌身に傷口が出来ていたのだ。浅手には違いない。が、こっちとしては完全に見切っていた、はずだった。


アナナマスはというと追撃しようとはせず、着地した姿勢でそこに留まっていた。滑石のような冷たい表情で俺をうかがっている。それが小首を傾げた。二回も己の攻撃をかわされたのがよっぽど驚きだったのだろう。


神速と言っても技というものに関して言えば、やはりこいつはド素人だ。繰り出されようとする次の一手が予備動作や殺気で何となく俺に伝わって来る。肉体を使って戦うなんて一度もなかったのだろう。いや、それどころか、そもそもこいつは独りぼっちだったのだ。まだチャンスはある。

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