第198話 英雄
「僕には新しい友が出来ました。あなたと同じく二千年は楽しませてくれそうです」
「友達? 二千年?」
「ええ。友達です。名前はカール・バージヴァル、と言っていましたか。彼は二千年の帝国を造るとおっしゃっています」
ばかばかしくて笑ってしまった。こいつは帝国の興亡をここから眺め、楽しむ算段なんだ。
「彼はシーカーをも配下に加えるつもりです。シーカーと王国は交わるのです。それは僕の望んでいることでもある」
―――バイオハザード。
外道め! やはりこいつはシーカーだけでなくマジで全人類を滅ぼそうとしている。
「先程あなたはラキラという女性と共に美しい女性も見たでしょ。彼女をメレフィスに送ります」
水槽に揺らめいていた完璧なプロポーションの美女。不覚にも見とれてしまっていた。
「もちろん、彼女は君達がいうドラゴンライダーです。しかも、彼女の体内にあるのは新型。効果も感染力も断然上です。権力を手に入れた者が次に欲しがるものは何でしょうか。僕は二千年、人間を観察しました。きっとカール・バージヴァルも喜んでくれることでしょう」
ローラムの竜王よ。分かっている。あんたの言う選択とはこういうことを言ってたんだろ。
「僕はあなたがいなくたってもう大丈夫。何かと邪魔をするリムディラディフィフもいなくなったことだし、僕は創造者の仕事に専念したいと思います。管理人のごときなことはカールの帝国がやってくれるでしょう。何たって彼にはテクノロジーがある」
創造者の仕事? おまえのやっていることは破壊だぜ。ローラムの竜王は世界を愛していた。ドラゴンも人類も世界樹の森もな。
俺は
落ち着け! 落ち着くんだ!
己の胸をぐっと荒く握った。集中しろ。目の前にいるのは何だ。
惑星シールドで俺たちの夢を打ち砕いた男。そして、生きとし生けるもの全ての敵。
俺は誰だ。
英雄と謳われた戦士。そして、己の死に場所を探し求めていた男。
「俺は “KGR1015JN410”神楽仁」
移民一万人の命を守るために船に乗った。
ここはどこだ。そう、パイリダエーザ。俺たちの目的地。
気持ちが落ち着いていく。ある種安らぎを覚えたと言っていい。呼吸は深く長く、心臓も小気味よい音を立てている。ただただ目の前の男に集中する。
足にも力が入る。二度三度、脱力して飛んでみる。いい調子だ。アドレナリンも出ていた。時間もゆっくり動いているような気がする。
俺の命でどうにかなるっていうんなら丁度良かった。俺は俺の責務を果たさせてもらう。俺の命は現在絶賛バーゲンセール中なんだ。買ったおめぇーがわりぃいんだぜ。クーリングオフは無しだ。
「あれ、変ですね。なにをやったのです? 白魔法は無効なはずですが」
アナナマスが意外という顔つきをしている。まるで手品を見ているかのように感嘆していた。
俺は、そのアナナマスの問いに答えなかった。まるで相手にしないって風に話を変えた。
「今まで聞かせてもらったが、俺から一つ感想を言わせてもらってもいいかな? アナナマスよ」
敢えてアナナマスと言った。アナナマスはご機嫌な表情から一転、眼を細め、瞬きもせず、凍るような視線で俺を見つめる。
「どうぞ」
ヴァウラディスラフでない名で呼ばれたことに反応したのか、それとも、自分の言葉を無視されたのに不快に思ったのか。声は冷ややかで、暗く重かった。だが、恐れることは何もない。俺は敢えてこいつを煽っているんだから。
「ウィルスとはお前にピッタリな創造物だな」
アナナマスは細めた眼を更に細め、眉間に皺を寄せる。
「それはどういう意味ですか?」
「そこにいるかいないか分からない存在。なのに自己主張だけはいっちょ前。アナナマスとはよく言ったものだ。お前は人間に馬鹿にされてたんだよ。そんなことも分からなかったのか。そんなんだからヴァウラディスラフに捨てられてしまうんだ」
「バカにされた! 捨てられたぁ!」
安い挑発に乗ってくれた。完全にキレてやがる。だが、それでいい。お前はもう、あっさりと俺を殺せまい。きっとお前は俺を完膚なきまで叩き潰そうとする。
いきなり竜王の加護をはぎ取られでもすれば、勝負にならないからな。ダメ押しに追い打ちをかける。
「聞こえなかったのか? ならもう一度言おう。お前はヴァウラディスラフに捨てられてしまったんだよ」
いよいよ許せないだろ? アナナマスよ。
「許せません! 君に僕の何が分かると言うのです!」
「だったら、なんとする。どうせここで俺を待っていたのはそもそも俺を処分するためだったんだろ。だから、全て喋った」
「処分? いいえ、それは誤解です。ですが、少し考えを改めました。本来は、痛みもなく眠るような死を与えるつもりでした。二千年も一緒にいたのです。いらなくなったとしてもそれぐらいのことはやってやろうと思ってました」
俺の魂はあの世にも行けず、現実に戻るのも拒絶し、二千年もの長い間、宇宙を彷徨っていた。それをあの世に送ってくれると言うのだ。まさしく人間味だな。だが、まだまだだ。
人間はお前が考えている以上にもっと深くて複雑なんだよ。あの世に行きたいのは変わりない。が、誰もそんなやさしさ望んでねぇ。
「考えを改めた? ならどうする。帰してくれるってことでいいか?」
「御冗談を。痛い目を見てもらいます。程度としては、早く殺してくれと乞われる程です」
ふふ。そう来なくっちゃ。俺はもう戦う準備は出来ている。
「俺がただで殺されると思うか」
「僕の惑星防御魔法をごらんになったでしょ。君レベルで何をおっしゃいますか。身の程知らずにも程がある」
なぜか、妙に納得できる。イーデンの魂を魔法から開放したのも何かの導き、サインだったのかもしれない。今なら俺は自分の魂を開放させられる。あの世に行けそうな気がするぜ。アナナマスよ、思う存分俺をギッタギッタにしてくれ。俺も全力でお前を止めてやる。
「どうだかな。物事はやってみなければ分からない」
アナナマスは狂ったように笑った。よっぽどおかしかったんだろう。笑い声が俺の耳をつんざいた。
「いいでしょう。ついでに心も粉々に砕いてやろうかと思います。僕は君から魔法とスキルを奪わない。宇宙の真っただ中に帰すこともない。小さな器の中から未来永劫、僕の働きを見て頂くとしましょうか」
アナナマスの笑みが顔の中心へと集まっていく。破顔とは真逆の、何とも
それでいい。完璧だ。これで安心して死力を尽くせる。
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