第192話 マスター


「ウィルスは魔素を人体から吸収し、ドラゴンのルーアーと同調し、乗っ取る能力を人に与える。私が生存戦略としてウィルスに組み込んだものだ。マスターから学んだ知識を応用した。結果、面白いことが起きた。ドラゴンライダーが念話を使えるようになった。それから考察するに、おそらくは世界樹とドラゴンは会話をしている」


ドラゴンライダーは進化でもなんでもなかった。


「かなりの魔素を消費するようだ。もし、ドラゴンライダーがドラゴン語を覚えるとどうなるか。ウィルスへの魔素の供給は多寡となり、手がつけられなくなる。もちろん、少なくてもダメ。ドラゴンのルーアーに力を取られすぎるとウィルスに防衛本能が働き、人体が壊れようが構わず増殖を繰り返す。操れるドラゴンに制限があるのはこのため。いずれにしてもドラゴンは世界樹に依存し、ドラゴンライダーはドラゴンに依存する。ドラゴンライダーが生きているのはドラゴンのおかげなのだ」


ヴァウラディスラフはパっと笑顔を弾けさせ、声を上げて笑った。


「なんて喜ばしいことか。私の創造物がマスターの創造物に繋がることが出来た。まさに共同作業。やはりマスターには私が必要だった」


ドラゴンライダーは、いや、シーカーはドラゴンと共に滅びる。


マスターとはいったい何者なんだ。虫の知らせの黒い人影は? 


金髪碧眼の男はローラムの竜王にごう背負しょわせたと謝っていた。罪の意識があったんだ。だが、こいつはどうだ。全く悪気もない。晴れ晴れとした笑顔を見せている。


ある意味、こいつはマスターに対して純粋なんだ。だから、行為は邪悪だったとしても、こいつ自身は純真無垢でいられる。


「失礼した。私ごとだったな。確かあなたの問いは、ラキラのクローン、あれはいったい何なのか、だったかな」


相変わらず胸の締め付けが治らない。喉も水分を失いヒリヒリする。ヴァウラディスラフの答えは大体察しがついていた。


「ウィルスの創造に、人体はかかせない」


当然の答えだ。人がウィルスの実権をする時、サルを使う。それと一緒なんだ。汗は引かないどころか体液を全て体外に出してしまう勢いだった。背中にシャワーを浴びたごとく流れて行く。呼吸も荒くなる一方だ。


「当初はダンジョンに訪れた者を捉えていた。魔導具を餌におびき寄せる。何人かで来れば一人だけ帰す。一人だけの場合はそのまま帰す。すると帰った者がまた人を連れて来る。今はクローンに成功したのでそれはやってない。クローンの方がそんな面倒はいらないからな。そのうえ時を選ばず好きな時に必要な数だけ使用できる」


二体あるラキラ・ハウルの一体は世に出され、もう一体は経過観察用に水槽の中に入れられている。いや、そもそも二体とは限らない。俺はあの四角い部屋全てを見ていない。


体の異常は汗や息だけでない。心臓をも襲っていた。早鐘を打っている。


「新型が出来る度にキャリアをシーカーの里に魔法で送り続けた。あなたたちがラキラと呼ぶ女性。彼女の感染しているウィルスは現時点で最高傑作。だが、まだ、その先がある。それはもう完成している」


終わりではない。こいつはずっとそれを続けて行くつもりなんだ。


「僕は何にでもなれました」


なぜか唐突に、ヴァウラディスラフの口調が変わった。顔も滑石なめいしのように冷たく、眼はほとんど瞬きをしない。


「マスターは僕の姿に合わせ、歴史上の人物の名であったり、マスターの友人の名であったりと、その場その場で僕の名前を変えていました。君達人間がここに来て初めて、それがおかしいことだと僕は知りました。名を尋ねられる度に悩んだものです。僕はいったい誰なのかと。そんな僕を君達は哀れんだ。そして君達は僕をこう呼んだ。アナナマスと」


アナナマス?


名無しって意味。こいつはヴァウラディスラフではない。人類がここを訪れるまで名前が無かった。


虫の知らせ。そこだけ切り抜かれたような人影。それはそういうことだった。


名付けたのはおそらく五王国の始祖連中。あるいは、ガレム湾のダンジョンを探索した名も無き者たち。ガレム湾のダンジョンはドラゴン世界にある唯一の人工物といえる。測位衛星や気象衛星を飛ばしているんだ。人類が調べないはずはない。


「僕が己に目覚めたのは君、そう、神楽仁、そして、君の同朋のおかげなのです。僕は誰かになる必要がありました。僕がなりたかったのはただ一人。僕の創造者であり、ドラゴン世界の創造者。マスター・ヴァウラディスラフ」


そう言うとアナナマスは目をつぶり、青空に向けて高々と手を広げた。気味が悪い。まるで世界を受け止めようかという仕草だった。


「マスター・ヴァウラディスラフになるには、僕も創造者でなくてはなりません」


ヴァウラディスラフが造ったという綿毛が柔らかく暖かいそよ風に吹かれ、黄色い花の絨毯から次々に飛び立って行く。綿毛が舞う中、アナナマスはゆっくりと手を下ろす。


「マスター・ヴァウラディスラフはこの世界の魔素を浄化すると決心しました」


アナナマスは俺に目を向けた。


「ヴァウラディスラフを名乗るからには目的も一緒でなくてはなりません。ドラゴンライダーがノーマルの人間と結び付くとその子供にもウィルスは受け継がれます」


ウィルスは性交で感染する。あるいは、母子感染。

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