第191話 小さい小さい生き物


「ドラゴン自体に魂はない。魔法では樹木で精いっぱいだった。だが、マスターはそれをも利用した。あなたたちに分かり易い表現でいうと分霊だな。霊を分かち、分身を創る。樹木はそれと同じことが出来た。枝を本体から切り離しても条件がそろえばその状態から育って行く」


空は晴れ渡っている。目の前に広がる風景は綿毛と世界樹に戻っていた。先ほどと少し違っているのは、世界樹の袂にドラゴンが居ること。


「マスターは世界樹の魂をドラゴンに分霊するように造った。それがルーアー。分霊である以上、本体の世界樹が無くなれば、分身たるルーアーは消えてなくなってしまう。だから、ドラゴンは必死に己の世界樹を守る。守れなかったら魂を失うのだから」


そう言う設定なのは知っている。


「はぐれドラゴンはルーアーがない」


「そう。世界樹の方もそれが分かっている。一見、ドラゴンが世界樹を奪い合っているようだが、事実はその逆。世界樹はより強いドラゴンを求めた。世界樹の生存戦略といっていい」


ヤールングローヴィは言っていた。ドラゴンは世界樹を守るより奪う方が本能的に勝っている、より大きい世界樹を目指すのは僕たちから止められないと。


逆だった。ドラゴンが世界樹に引き寄せられている。どおりでジュールベルグがロード・オブ・ザ・ロードの世界樹にたどり着けたわけだ。


ヴァウラディスラフは手のひらを差し出した。そこには綿毛が一つあった。さっき摘まんだ綿毛だ。


「これはドラゴンの卵」


足元には花に紛れて幾つもの綿毛があった。黄色の絨毯から花軸を精一杯伸ばしている。柔らかな風に乗って、まるでタンポポのように空へ飛び立って行く。


卵というより、まるで種だ。カールはエトイナ山に向かう時、ドラゴンについて俺にレクチャーした。ドラゴンはどこでどうやって生まれたかは分からない、鳥のような卵からなのか、それこそカエルのような透明の卵からなのかと。


「マスターにここの管理を任され、長い年月、私はそれだけに注力して来た。あなた達人間が来るまではな」


管理?


「テクノロジーっていうんだろ。あなたたちの魔法は」


固唾を呑んだ。


そうだった! クローンだ。


「マスターは樹木に魂を与えることに成功した。だが、それは草や動物には及ばない。樹木に限った。だからこそ、分霊という方法で魂のないものに魂を宿した。正直に言うと私はテクノロジーというものを知り、ショックを受けたのだよ。魔法で不可能だった正真正銘の生き物が種に限られることなく想像できる」


こいつは俺たちの技術を盗んだって言っている。まるでリアル。こいつの言葉はまるで本当にあったかのように聞こえる。


「最初に人を造ってみた。長い時間色々やってみて、多くの失敗を乗り越え、満足のいくものが出来上がった。あれをあなたたちはクローンっていうんだろ?」


クソッ! 有り得るか。有り得ない。それにヴァウラディスラフ。なぜこいつなんだ。


「私はそれと並行して新たに他の生き物も造った」


事実に思考が追いつけない。マスター、ヴァウラディスラフ、虫の知らせの金髪碧眼の男、そして、人影。ローラムの竜王はこいつをパパと呼んだ。そしてこいつは俺を友人だと言う。ここは現実なのか。俺はこいつなんて知らない。


「こっちの方はかなり難しかった。真の創造。クローンのように今あるものの再現ではないからだ。だが、私には魔法があった。私はマスターと、それこそ気の遠くなるほどの時間を一緒に過ごしていたからな。マスターから多くの事を学んだ。そっちの知識も豊富だ」


ヴァウラディスラフの眼差しは遠くに向けられる。こいつはマスターと呼ばれる男を懐かしんでいる。


「おかげで私は思うような小さい小さい生き物を造ることに成功したよ」


小さい小さい生き物? 


クローンと聞いて、次に何が来る。タブー、禁忌、アンモラル、非道。頭は勝手にそれに繋がる答えを導き出している。俺の世界では常にそれにおびやかされていた。安価で最も忌み嫌われる大規模虐殺兵器。


ウィルス!


突如、急激な胸の痛み。呼吸をも忘れていた。吸っても吸っても息苦しさが取れない。


宇宙時代に入って生物兵器は発展著しい分野だった。更にそれに世界樹を創ったような魔法が加わるとなるとどうなる。想像もつかない。こいつはどんな生物兵器を造ったんだ。それをこいつはどうしようという。一体それを何に使う。


「自慢ではないが、これが凄い効果を発揮してな、あなたたちはそれをウィルスと呼ぶんだろ。テクノロジーのおかげであなたたちの言うドラゴンライダーとやらが生まれた」


「!」


ドラゴンライダー! 


こいつはすでにウィルスをこの世界に放っていた。それがドラゴンライダーだったというのか。


汗腺という汗腺から汗が噴き出していた。首筋にツツっと幾つもの筋を造り、額は滝のようで、こめかみや眉間を流れて目に入る。手のひらもべっとりと湿っていた。そのぬるぬるした手で、俺は必死に顔を拭う。


呼吸がコントロールできていない。体温も上がっている。俺は今、確かにショックを受けている。それにしてもだ、何なんだ、この拒絶反応は。戦場でも受けたことのない過度なストレスが俺を襲っている。

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