第190話 世界樹
二羽の小鳥が羽ばたいた。ヴァウラディスラフから離れ、綿毛舞う大空に飛んで行く。
「随分と緊張しているんだね。肩の力を緩めて、さぁリラックスしてくれたまえ。そんなんじゃ話も出来ない」
虫の知らせ。あれは本当のことだったのか。ローラムの竜王が俺に送った最後のメッセージだと思ってた。目の前の男はそのイメージとあまりにもかけ離れている。
「ここはすばらしいだろ。私が造った癒しの空間だ。あなたにも気に入って貰えるかと思ったが」
確かにここはな。だが俺は、あの部屋であれを見たんだ。ってか、お前はあれを俺に見せたかったんだろ。
「残念です。あなたはそんなに楽しそうではない」
残念? あれを見せて俺の反応を確認したかったってことか。で、思った反応を見せなかった。そうなんだろ? ヴァウラディスラフ。
「ここを訪れる者で私に会えた人間は何人もいない。このところ、私はほとんど門前払いしていたんだ。入れたとしても皆、私の造ったダンジョンに満足して帰っていく」
人に会う気はそもそもない。お前はここから世界を手の平の上で操って、楽しんでいた。こいつがゲームマスター。楽園もダンジョンも造っていた。
「あなたはリムディラディフィフから竜王の加護を与えられた。それは私に会えるよう、リムディラディフィフが仕向けたのだとあなたは考えている」
リムディラディフィフとはローラムの竜王の真の名。
「確かに竜王の加護は必要な処置だったのかもしれない、ここまでに関してはな。私はいつでもあなたから竜王の加護を外すことが出来る。とはいえ、あなたの考えはあながち間違ってはいない。リムディラディフィフにとっても、もちろん私にとってもあなたは特別な存在。リムディラディフィフは私のことを良いように思ってないようだが、私はあなたを古き友人、唯一の友だと思っている」
古き友人? 唯一の友? ふざけるな。ヴァウラディスラフなんてヘンテコな名前、一度聴いたら忘れもしない。それとも何か。こいつがやはりゲームマスターか。現実世界で俺はこいつと会っていた。くっそー。思い出せない。
「そうか。戸惑っているんだね。いいだろう。これを言えば私の言葉を信じてくれるかな。あなたは神楽仁。妻子持ちだった。妻は
やはり、紛れもなくこいつがゲームマスター。俺のことを知ってて当然。俺をこの世界に連れ込んだ張本人。もちろん、俺を連れ込んだからには理由がある。
「妻と娘を持ち出しておどしか。俺に一体何を求めている」
「いいや。何も」
何も?
「だったらなぜここに連れ込んだ!」
「あなたの妻子を知っているのがそんなに変かなぁ。友人として当たり前のような気がするが」
ちっ。話にならねぇ。何も無いのに俺がVR RPGなんてするかよ。絶対に成功報酬がある。なのにこいつは無いと言う。設定が波状しているのも気にかかる。そうだ。虫の知らせにはもう一人、キャラがいた。人影にしか見えなかったやつだ。やつに会えばどういうことか見えてくるはず。
人影がどこにいるか聞かねばなるまい。だが、それは取り敢えず後回しとしよう。ここで得られる情報はここで貰っていく。
「ラキラのクローン。あれはいったい何なんだ。どういう理由であそこにある」
ヴァウラディスラフの微笑が波打つように顔中に広がった。奇怪な笑み。
「話すと長い話になる」
破顔? なのか。よくぞ聞いてくれましたって面。物語の進行に必要な質問をしたってことか。
「構わないさ。時間はたっぷりある」
どんな長いセリフを吐くか楽しみだ。聞こうではないか。ラキラ・ハウルがあそこにいる理由を。
「では、最初から話すとしよう。マスターは六千年前、私を創造した」
「マスター? 創造?」
ゲームマスターか。しかも、六千年前?
「そうだ。マスターだ。マスターは独りぼっちだった。マスターには友人が必要だったんだ」
独りぼっち? やはり連想するのは虫の知らせの金髪碧眼の男。
だったら目の前のこいつは誰なんだ。容姿も声も、金髪碧眼の男と全く同じ。俺のスキル竜王の加護は
「四千年前のある時、マスターはこの世界の魔素を全て浄化すると決心した。それで創り出されたのが、世界樹とドラゴン」
ヴァウラディスラフと名乗ったその男は、目の前にフワフワ浮かぶ綿毛を指先で摘まむ。
「世界樹とドラゴンは本当によく出来ている。流石は私のマスター。樹木は多くの枝葉を伸ばし、葉を茂らせる。種で増え、あるいは、
青空と綿毛、そして、花園の風景に突如、世界樹が現れる。
「魔素を吸収し栄養価に変え、幹を太らせ、葉を付け、実を結ぶ。大気の浄化にはそれで十分だったが、天変地異の心配もあった。なんせ浄化には数千年どころか一億年かかるかもしれない」
次はエトイナ山の大噴火である。ハリケーン、地震、津波と風景は次々と変わっていく。
「一本でも世界樹を失うわけにはいかない。それで世界樹の一本一本にガーディアンを付けることにした。それがあなた達の言うドラゴン」
俺たちはドラゴンと一括りに彼らを呼んでいたが、彼らはあくまでもガーディアン。確かにやつの言うように、彼らの形にこだわらない独自な進化はドラゴンと括るには難しい。
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