第157話 血の盟約


「ゼーテとメレフィスはエトイナ山に出来得る限り多くの者を送るつもりだ。もちろん、我々は抜け駆けするつもりはない。タァオフゥアとファルジュナールにも同等の数の席を約束しよう。方法についてはキース殿下から説明してもらう」


俺は腰を上げた。


「ローラムの竜王から使いが出される。第一陣だけがそのドラゴンに乗ってエトイナ山に向かう」


タァオフゥアとファルジュナールの代表は顔を見合わせた。思った通りの反応だ。ロード・オブ・ザ・ロードがないとはいえ、まさかドラゴンに乗るとは思いもよらなかった。俺は話を続けた。


「第一陣はメレフィスが二十一人でゼーテが二十人、イザイヤ教徒は十人で、シーカー五十人の総勢百人程度だ」


数を聞いてタァオフゥアとファルジュナールの代表は更に驚きの表情をみせた。こいつらはローラムの竜王を見ているのだ。どれほどのドラゴンが使いに来るのか想像に難くない。


「その内シーカー五十人には移転魔法を覚えてもらう。以降、彼らの移転魔法でエトイナ山に送る。その点についてはいちいち俺たちに伺いを立てなくても結構。タイガーには話が通っている。今まで通りシーカーに要請を出してくれ」


そもそも王族はシーカーの護衛がなければエトイナ山に行くことは叶わなかった。そういう意味でいうと現状と何ら変わらないはずだ。


「ただし、ズルはなしだ。これはあくまでもローラムの竜王の案件だ。自分たちだけシーカーを通さず抜け駆けして、移転魔法でエトイナ山に人を送ってもローラムの竜王は受け付けない」


はったりだ。そんな話はローラムの竜王と一切していない。だが、こいつらにはこれぐらいのことを言っておいた方がいい。でないとエンドガーデンの秩序が乱れてしまう。


タァオフゥアとファルジュナールの代表も席を立った。反論も何もなく、無言で円卓へと進む。納得したと取っていい。俺も二人に続き、円卓に向かった。


条約にサインするわけではなさそうだ。円卓には魔法書とグラスとワインらしき飲物があるだけ。これでどうやって合意がなされたことを証明する。神にでも誓うというのか。同じ神を信仰しているわけでもあるまいし。


俺たち四人は円卓を囲んだ。先に目が合った方の男が言った。


「スイード・ライスマンだ」


ファルジュナールの王太子だった。もみ上げから顎のラインに沿って髭がある。


「コウ・フェイロンと申す」


長髪を後ろで結っていた。タァオフゥアの王太子である。俺も名乗った。


「キース・バージヴァルだ」


王太子二人とも三十半ばくらいから四十歳ぐらい。口を固く結んでいたが、俺に何かもの申したそうである。


戦いが終結することをまだ割り切れてない。頭では納得はしたが、わだかまりは残っている。


ローレンス王は、俺たち三人が他に何も語らないと見るや腰から短剣を抜く。柄に宝石や装飾がなされていた。それを円卓の上に置く。何を始めるというのだ。


ファルジュナールの王太子がその短剣を手にした。そして、己の親指に傷を入れる。その血をグラスに落とした。


タァオフゥアの王太子も短剣を受け取ると血をグラスに垂らす。短剣が俺の前に差し出された。


俺も二人にならった。グラスに血を落とす。ローレンス王はそれを見届けると言った。


「始祖が行いし血の盟約。その故事にならい、和平の誓いとする。いかがか」


そういうことか。先祖の名に誓うってわけだ。王族を名乗るなら初代王の名を辱めるわけにはいかない。だが、俺の推理だとお前らの先祖は相当なもんだぞ。


―――魔法書。


なるほどな。その当時、五人はガレム湾のダンジョンでこれを手に入れた。そして、お前らの先祖は人類を裏切ったんだ。罪なき兵団を勝手に止めてな。


おそらくはこの儀式、作戦決行の前に行った。王笏がないのがその証拠だ。作戦成功後にリアクターユニットを飾った王笏は配られた。


両王太子はうなずいた。もちろん、俺もだ。


先ずグラスを取ったのはファルジュナールの王太子だった。


「我ら血を分けた家族」


グラスの三分の一ほど飲んだ。


「ムザッファル・ライスマンの名に懸けて」


次にタァオフゥアの王太子だ。置かれたグラスを手にした。


「我ら血を分けた家族」


グラスに残ったワインの半分を飲んだ。


「コウ・ハオティエンの名に懸けて」


最後に俺だ。


「我ら血を分けた家族」


グラスを飲み干した。


「サディアス・バージヴァルの名に懸けて」


空になったグラスを円卓に置いた。円卓に一つのグラスと魔法書。こうやって二千年前、血の盟約が交わされた。その後、王笏が配られ、王家が誕生し、エンドガーデンが五つに分割された。


和平にはうってつけだな。なるほどローレンス王も考えたものだ。条約なんてだだの紙っきれだ。タァオフゥア、ファルジュナールの王太子たちは庭に入った時の様子から、ローレンス王がこの儀式を行うことを察していた。一度グラスに口を付けてしまえば逆らえる道理はない。


ローレンス王はというと満足したようだ。二千年の時を経て三国は改めて血の盟約を結んだのだ。


「誓いは立てられた。各々方、始祖の名を汚すことなかれ」

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