第158話 よもやま話


円卓にグラス。そして、魔法書。それを見た時の王太子らの様子が気にかかる。明らかに顔色が曇っていた。それは和平を望んでいないことを意味する。


紙っきれだったら破る気満々だった。それぞれの王が直ぐに王太子を派遣したことも引っ掛かる。


ある意味、正当性は俺たちより彼らにあるんだ。始祖たちが決めたことはエンドガーデンの分割統治だけではない。魔法を独占すると決めたのも彼らなのだ。


二国の王太子たちは人質が帰ってくれば、その場限りの約束なぞ反故ほごにする気まんまんだった。必ず報復すると内心煮えくり返っているところへ和平を始祖の名に誓ってしまったんだ。もしかして、さらに火に油を注ぐかっこになったのかもしれない。


しかし、戦いを再開するとして、タァオフゥアとファルジュナールはこの先をどう考えているのか。ローラムの竜王はいつかいなくなる。少なくとも力が弱まっていることはロード・オブ・ザ・ロードの消失で王族なら誰しも理解しているはずだ。


現状、ローラムの竜王との契約はままならない。契約が出来なければドラゴン語が使えない。タァオフゥア、ファルジュナールだけでなくそれはメレフィスやゼーテにも言える。遅かれ早かれエンドガーデンは魔法を失うことになる。


一時的に魔法が使える者が多くなったとしても、それはやはり付け焼刃としか言いようがない。シーカーのようにドラゴンと共生していくのか。あるいは、カール・バージヴァルの軍門に下るか。


エンドガーデン五国の内、ソルキアの動きも気にかかる。エゴール王は七十八歳と高齢であるらしい。国を取り仕切っているのは息子のヴァレリー王太子だ。年齢は五十四歳。彼らは中立を保っている。


ただし、エゴール王の娘たち。言い換えればヴァレリー王太子の妹たちはそれぞれタァオフゥア、ファルジュナール、そしてゼーテに王妃としてとついでいる。エンドガーデンの情報は全て掌握しょうあくしているはず。


例えばゼーテ。ローレンス王の妃ニーナはハーライト王太子の母であり、レオンシオの母であり、ジャクリーンの母でもある。そして、ハーライトはというとメレフィスにいる。


二年前のはぐれドラゴン騒ぎもメレフィスの一連の騒動もヴァレリー王太子の耳に届いてないわけがない。未だ動きが無いところを見ると形勢がいい方に味方するという安直な考えなのか。


俺はローラムの竜王との約束により、人々をエトイナ山に向かわせる。ローラムの竜王と幾つか言葉を交わしたが、核心には迫れなかった。幾つかの情報を得ることが出来たがな。ヤールングローヴィからの情報も俺の推測を補完するのに役立った。


ガレム湾のダンジョン。そして、創造者。あるいは、ゲームマスターか。そいつがそこで何もかも裏で糸を引いている。間違いなく俺がここにいることと関係している。俺を元の世界に戻させるのは当然のこととして、出来れば一発そいつの顔面にこぶしをぶち込みたいところだ。


ローラムの竜王から請け負った仕事はもう最後の仕上げとなる。終えれば俺に用がない。無罪放免というわけだ。この辺が潮時かもしれない。人類はいつか魔法を使えなくなる。もしかして、それに替わるのが罪なき兵団でありヴァルファニル鋼なのかもしれない。


ヴァルファニル鋼といえばそれで思い出したが、リーマン・バージヴァルからバリー・レイズの情報を引き出そうとした時、リーマンは気に障ったのか刺々しく、おたくのハロルドに聞けば的な口ぶりだった。


ライオン宮への道すがらのことであった。俺はヴァルファニル鋼をハロルドに尋ねるのに丁度良い機会に恵まれた。


―――連日の強行軍のうえ、その日は雨で疲れがピークに達していた。皆、酔いの回りも早いようで、フィルなぞはウトウトしている。


俺は一度、嘘つき勇者のなんちゃらって物語をフィルに話し、恥ずかしい想いをした。あの話をまたフィルの前でするには気が引けたんだが、その日はみんな疲れ切っていた。


誰も突っ込む元気もなかろうと俺は嘘つき勇者のなんちゃらって物語を信じていないていで話を切り出した。


「おい、皆。噓つき勇者に出て来るヴァルファニル鋼って信じるか」


イーデンに反応はない。元王族だからな。知っているが、答えるに値しないって感じだった。カリム・サンはというと、あ、あれね、ファンタジーだなと歯牙にもかけない。アビィとジーンは、何の話? と目を輝かせている。


しかし、ハロルドは違った。「それ、そうなんですよ」とコップを握ったその手で俺を指さした。


「殿下もそう思ったんですね。わたしも、もしやとは思ってました」


へ? なんだ、この反応。もしかして、もしかするかも。


だが、フィルの一件もある。あくまでも酒の席の話題造りだ。とりあえず、俺はその体裁をつらぬいた。


「俺も? そりゃぁどういう意味だ」


「意味も何も。殿下も気にかかっているかと思いまして」


「いいや。酒の席での話だ。お前になんか面白い話でもあるのか」


「そうなんですか? わたしはてっきり」


ハロルドは口ごもった。言おうか言うまいか迷っている。事は架空の存在、ヴァルファニル鋼だ。信じてもらえるか心配なのだ。俺は酒の入ったコップを置いた。


「途中で話を止めるやつがいるか。笑いはしない」


ハロルドは明らかに何か考えがある。


「聞かせてくれ」


ハロルドは他のメンバーを見渡した。誰もが真顔でハロルドの話を待っている。ハロルドはグイっと酒を飲み干した。


「私が話したいのは、ヴァルファニル鋼というよりはバリー・レイズのアーマーと武装の正体。あと、パターソン家のことも」


な、なんと! ハロルド! ヴァルファニル鋼と聞いてそれを言うか。いよいよもって聞かねばならん。


「聞きたい。話してくれ」


ハロルドは大きくうなずいた。

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