第156話 ライオン宮
宮殿の名はライオン宮という。高さもまちまちな四角い建造物が複雑に折り重なっているようだった。
何代にもわたって増設されていったのだろう。四角塔の多さにも目を引く。太くて低いのが約八割で、残りは遠くまで見渡せる細くて高いやつだ。
壁は全て石造りで、屋根は赤茶けた粘土瓦である。宮殿の門までの両サイドは高い建造物が続き、最後にその門が正面に立ちはだかる。
それは開かれていた。扉の先はまるでトンネルのようで、建物を穿つように奥へ奥へと向かっている。
門の扉が閉じられれば三方が石の壁に囲まれた袋小路となり、門を突破したとしても長いトンネルとなる。宮殿とは名ばかりで、まるで要塞のようだった。
この世界では、王国同士の
宮殿から見下ろすと竜の門に張り付いた住居群。それが何代にもわたって徐々に高くなる。
宮殿もそれに合わせて増設されていったのだろう。ユーアの王族は民衆に対して潜在的に恐怖を抱いている。もちろん、魔法は民衆に対し抑止力になり得る。
それにもかかわらず日に日に増え高くなる住居群を眺めているとどういう気持ちになるだろうか。民衆は本当に自分たち王族を恐れているのだろうかと不安になるはずだ。
少なくとも魔法は絶対に手放せないはずだ。それなのにアメリアと歩調を合わせるという。何が彼らをそうさせたのだろうか。
リーバー・ソーンダイクは、これ以上、ソーンダイク家から死人を出したくない、と言った。それは信用置けない相手に守ってもらおうって言っていることと同じだ。
レオンシオを先頭に俺たちは門を潜り、建造物の中を走るトンネルを抜けた。ローレンス王のもと、チアナ、イスランとの会談の場に向かうのである。
幾つもの中庭を見、幾つものトンネルのような回廊を進むと大きな庭に出た。日当たりの加減と長城の見え具合から、南の斜面に突き出した
特別な空気を感じる。この雰囲気はどこから来るか。見渡すと大木の後ろ以外の三方は建物の壁で遮られている。しかも、その壁には窓がない。
閉ざされた空間。王族が儀式に使う庭なのだろう。大木の前に簡易の玉座が設置されていた。
庭の真ん中に小さな円卓があり、魔法書とワイングラスのようなコップが一つ。グラスには赤い液体が入っており、円卓には椅子がない。
椅子はそれぞれ三方の壁を背にして一つずつある。レオンシオがその一つに俺たち七人を案内した。おそらくは大木の前の玉座にローレンス王、残りの二つにはチアナとイスランがつくのであろう。俺は案内された席につき、皆が現れるのを待つ。
しかし、見れば見るほど味のある立派な木だ。シーカーの里にはシンボルツリーが必ずある。それと同じようなものなのだろう。もちろん、世界樹ではない。気候から考えると針葉樹だろうが杉や松のような葉の形が針形ではない。少し幅のある線形と言われるものだ。おそらくはイチイの類。
幹は太くうねっていて、樹皮には割れ目が刻み込まれている。樹形が
一体どれぐらいの時を経ればあのようになるのだろう。イチイの類は成長が遅いと聞く。
ローレンス王が現れた。近衛騎士を十人ほど引き連れ大木へと向かう。その後にチアナとイスランらが姿を現す。それぞれ護衛騎士は十名ほどであった。
彼らは会談の場所を見て、戸惑っていた。立ち止まり、庭に踏み入れるのを躊躇しているようである。それぞれ二つの陣営で、代表者とそのブレインと思われる者たちがヒソヒソと耳打ちをしあっていた。
この場所がそんなに気に食わないのか。俺は腰を上げた。もちろん、各王国に敬意を示すためである。ローレンス王も玉座の前に立つとチアナ、イスランが所定の場所に案内されるのを待っていた。
やがて、踏ん切りをつけたのかその双方がそれぞれ用意された椅子の横に付く。ローレンス王はそれを見届けると玉座に腰を下ろした。それに合わせて俺とチアナ、イスランが席に着く。
ローレンス王はブロンドの髪に口髭と顎鬚を生やしていた。年齢は六十前後だろう。頭髪の白髪は目立たないものの口髭と顎鬚には白髪が混ざっていた。
アーロン王のように着飾っていない。ただ、プールポワンの襟は異常に高かった。赤色の生地にライオンをデザインした金糸の刺繍が施されている。襟の谷間は白いひだ付きの肌着によって首の地肌は完全に隠されていた。もちろん、頭には飾り環状の王冠があり、これにも二匹の獅子がデザインされている。
レオンシオと同様に剣の柄頭にもライオンが彫られた象牙が付いていた。魔法が使えるから剣も象徴なのだろう。あるいは、魔法剣を使うのか。いずれにせよ、古くからの伝統なのはうかがい知れる。
堂々としている。玉座のひじつきに肘を乗せ、足を組んでいた。レオンシオに目配せをする。庭の端に控えていたレオンシオはそれに答えて捕虜二人の手錠とマスクを外す。雨男と風小僧はそれぞれの陣営に歩いて行った。
あれだけの強行軍である。乗り心地を度外視した、丈夫だけが取り柄の乗合馬車を改造したものだった。
よっぽど揺れたのだろう。それにあのマスクだ。経験あるが、肉類など飯も十分食えず、呼吸もしにくくて体力が削られていく。足をふらつかせ、二人はそれぞれの代表の前にやっと到達した。
それぞれが椅子に座る男の前でひざまずいた。頭を下げると二人とも手をついて崩れた。おのおの己の陣営に抱きかかえられ、あるいは肩を借りて後ろに下がる。
「では、始めるとしよう」
ローレンス王はそう言うと円卓の前に歩み寄った。
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