第155話 強行軍

通常七日かかるところを五日だ。かなりの強行軍となる。レオンシオは俺と話している暇がなさそうだった。必要なことしか話さない。


野営地に付くと安全の確保、物資の補充や行軍の日程管理に心血を注いでいた。斥候せっこうや竜の門からやって来た近衛騎士など、多くの者がレオンシオの天幕に出入りしている。もちろん、ジャクリーンも一緒だ。天幕から姿を現さない。


レオンシオは兵站術へいたんじゅつも巧みであった。幹線道路沿いのどの主要都市にも替え馬を用意していた。野営場所にはすでに天幕が張られ、そこでも馬が用意されている。


俺たちが去っても天幕はその場に残された。そもそも俺たちだけにしては天幕の数が多すぎた。後続のアメリアにも使わせるつもりなのだ。身体的な強さや軍を指揮する能力もさることながらレオンシオには軍政の才もある。


以前ユーアでははぐれドラゴン騒ぎがあった。聞くところによると、その時に軍を指揮していたのがレオンシオだ。戦場をタイガーに譲ったのは妥当な判断と思える。


アメリアが魔法を臣民に解放するにあたりユーアで真っ先にそれに賛同したのもこのレオンシオであるという。


伝統をくつがえすのもいとわず、魔法部隊の創設をローレンス王に訴えたのだ。それは簡単なことではない。自分の考えを訴え、他人を納得させ、実行できる人間はごくわずかだ。


ジャクリーンはというと俺たち強行軍におくれを取ることは無かった。カリム・サンが教えてくれた通り、武術や馬術を日頃から鍛錬しているあかしだ。問題はフィル・ロギンズだった。


乗馬は不得意ではないらしい。子供の頃、親に教わって乗りなれていた。しかし、この強行軍である。正規の訓練を受けている元侍従武官のカリム・サンとは違う。馬から降りるとうのていであった。後からアメリア本体が来るのでそれと合流すればいいと言ってあげたが本人の意思は固かった。


ユーアにある竜の門はアンバー連峰の最南端にあたる。アメリアほどの平地は少なく、竜の門を挟んで南はもう、龍哭岳りゅうこくだけに連なる山々の裾野である。


門の両サイドが高くなっているせいでユーアの王族はアメリアのように竜の門を城としていない。アンバー連峰側の小高い丘に長城を背にして宮殿を築いていた。


竜の門を挟んで向こうの丘には教会を中心とした街並みである。双方は長城頂部の回廊を使って行き来していた。


竜の門の前はというと、まぁ、端的に言うと無放地帯だな。塀のふちの雑草が上へ上へ伸びるように住居群が竜の門に張り付くかっこで山となっていた。人口に対して平地が少な過ぎるのだ。


人口増に耐えられなかったためか、千年以上前にユーアの王族は竜の門の前を民衆に明け渡したという。結果的に、竜の門周辺では住む場所によって階級分けがなされることとなる。


良くも悪くもユーアの王族に品あるのはそういう訳なのだ。世俗とは隔離されている。アメリアみたいに雑多諸々入り混じることはありえない。キースなぞは夜な夜な堂々と特飲街をふらついていた。


とにもかくにも、一般市民は王族が竜の門を立ち退いたことで見放されたかっことなった。彼らはやれることをやるしかない。日の光を求めて上を目指した。教会がある丘の傾斜地は裕福層でもう手が届かない。それで竜の門に張り付いた。


竜の門の扉は世界樹製だ。そこに釘やらくさびを打ち込んで、柱やらはりを繋げたに違いない。扉自体はすでに住居に埋まって全く見えない。門を開けることは叶わなかった。


風が強かった。それもあろう。人々は竜の門に張り付いた。平地が狭く、竜の門の両サイドは高峰に繋がる山々であった。明らかに竜の門上空は風の通り道だった。


おそらくはその風に乗って世界樹の種が運ばれ、ユーア国内で芽吹き、それを求めてはぐれドラゴンが何匹も飛来した。そして、ソーンダイク家と騎士や兵士ははぐれドラゴンと戦い、ソーンダイク家の一人が亡き者となった。


エンドガーデンの人々ははぐれドラゴンもそうだが、世界樹の種も海を渡ってやって来たと思っている。


総勢百十騎の掲げた旗が風にバタバタとなびいていた。見上げれば、空全体が灰色の雲である。雲の切れ間から伸びた日差しは高原の一部をスポットライトのように照らし、西から東へと流れていた。


この風だ。二年前ローラムの竜王の力が弱まり、結界が一時消えてしまった。風はヘルナデス山脈にぶつかって漏斗じょうごのごとく皆ここに押し寄せる。


宮殿から角笛か何か、吹奏楽器が何度も吹き鳴らされていた。俺たちの到着を宮殿中に知らせているんだろう。長く太い音は山にこだましていた。


レオンシオは、すでにチアナとイスランは到着していると言っていた。俺たちは馬の速度を上げ、宮殿へと向かった。




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あとがき


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