第154話 獅子の柄頭


市民に変わって広場を占拠していたのは騎兵が五十騎。馬はその三倍に近かった。ブノワトは幹線道路沿いの要所である。広場はそこそこ広かった。俺たち五十七騎と馬車二両、それに替え馬がそこに加わると広場は溢れかえってしまった。


ゼーテ側はジャクリーンを除けば全員黒づくめである。その先頭にいた一際ひときわ屈強そうな男が前に出て来た。


「レオンシオ・ソーンダイクと申す。馬上にて失礼」


男は手を差し出した。ハーライトの下の弟だ。ロード・オブ・ザ・ロードの存在を確認しに長城の西に入ったという。握手を求められ俺はそれに応えた。


「キース・バージヴァルです。お見知りおきを」


レオンシオの手は分厚かった。背丈は俺よりも少しばかり高かいぐらいで変わらない。が、腕や太ももの太さ、胸板の厚さがどれも俺の倍はあった。鍛え抜かれたのはうかがい知れる。


髪は兄のハーライトと同じくダークブラウンの短髪で、くせっ毛をガッツリとカットしている感じだった。違っているのは太い眉と浅黒い肌、そして、顎の張りぐあいか。


ハーライトは首が長く、顔も長い。良く言ってカワウソで、悪く言うとトカゲである。レオンシオはというと首が太く、例えるなら狼かハイエナだ。


装備は黒をベースに所々が真鍮しんちゅうで装飾されていて、剣の柄頭にはライオンをあしらった象牙が付いていた。武具にこだわりがありそうで、単に派手を好む王族とは一線を画す。まさに武人。貴族然としたハーライトとは正反対だった。


「ジャクリーンが黙って帰って来るとはな」


満面の笑みだった。血筋であろうかハーライトと同じで品はありそうだ。笑顔に愛嬌があり、人懐っこそうにも見えた。


「悪く思うな。貴殿の噂が悪いものばかりなんで信じられなかった。ジャクリーンが認めたとなると貴殿の武勲は本当のようだな」


言葉も率直だが、嫌味に感じない。


「それは後で詳しく聞かせてもらうとして、今は急ごう。馬を用意してある。乗り替えてくれ。貴殿の馬はソーンダイク家が責任を持って竜王の門へとお返しする」


―――ジャクリーン・ソーンダイク。年齢は俺と同じ。カリム・サンから後で聞かされたが、王女でありながら剣や弓、乗馬を好み、武術会を催すという。晩餐会やサロン、ダンスパーティーなぞ社交界には一切姿を見せない。


ローレンス王が可愛がり過ぎてわがままに育ち、ローレンス王でさえ手が付けられない変わり者になったと噂される。その一方で美貌やスタイルは数多あまたいる五か国の王女のうち第一と評された。


幾つもの縁談を断り、言い寄る大貴族をも袖にした。お眼鏡にかなう男はいないと社交界では囁かれているらしいが、相手がキースとはなぁ。フルに決まっている。エンドガーデンの笑い者がまた一つネタを増やしてくれた、と誰もが思ったはずだ。


残念ながらそうはならなかった。カリム・サンも驚きを隠せないようだった。ジャクリーンがブノワトの町外れに単身現れたのは俺を値踏みするため。カリム・サンの話通りなら、男勝りのジャクリーンのやりそうなことだ。それでどれだけの王族がフラれたことやら。


誰がどう見ても、俺もその一人に加わるはずだった。カリム・サンらは俺のいる前で面白おかしく話していた。


「本当の殿下を知る我らなら分かるが、人の良ししなんて一目見て分かるもんかい? 俺は全く分からなかった。アホといるぐらいなら死んだ方がましだと何度も逃亡を試みた」


とハロルドだ。ああ、あれはそういうことだったんだ。俺を恐れて逃げてた訳じゃぁなかった。


「男なんて目を見れば分かる」


そう口をそろえて言ったのはアビィとジーンだ。そして、婦たちはわざわざカリム・サンに視線を向けた。


じぃーっと覗き込むようにカリム・サンの目を見る。二人はこらえ切れなくなったのか、お互い顔を見合わせると同時に声を上げて笑い転げた。


カリム・サンは、ふんと鼻を鳴らした。そして、自嘲じちょうぎみに苦い笑顔を見せると、変わり者のところには変わり者が集まって来るんだなと言った。


決してお似合いだとは言わない。けれどもジャクリーンを歓迎しているとも取れる。いや、喜んでいると言っていいだろう。


とはいえ、俺がその気になっているかと言えば、そうではない。この体は俺のものではない。というか、キースは死んでいる。俺が元の世界に帰ればジャクリーンは若くして未亡人だ。いくら何でもそれはかわいそ過ぎる。


俺自体も迷惑だ。妻も娘もいる。ここは現実ではなく、ゲームの中だから好きにしてもいいって言うのなら馬鹿にするなと返す他ない。俺は好き好んでこの世界に来たわけではない。百歩譲って、望んで来たとしてもそんなことのために俺は来ない。これは断言できる。


いずれにしても、今はタァオフゥアとファルジュナールだ。俺は当分ジャクリーンの婚約者でいなくてはならない。和平にこぎつけないことには何も始まらないし、俺がジャクリーンを断ってゼーテとこじれてしまうのも考えものだ。


ブノワトを発って、俺たちの行軍は残すところ四百二十キロ。七日間の日程となる、はずであった。


レオンシオはそれを二日短縮しようとしていた。タァオフゥアとファルジュナールが和平に同意し、五日後ゼーテの竜の門にやってくるというのだ。話がうますぎるのは気にかかるが、ゼーテとしてはさっさと会談を終わらせ、タァオフゥアとファルジュナールを国に帰したいらしい。


そりゃぁそうだ。エトイナ山派遣団の第一陣を早々に成功させ、次々と送り込まなければならない。


ゼーテの竜の門の位置はラキラ・ハウルとの待ち合わせ場所、龍哭岳りゅうこくだけとブノワトの丁度中継地点となる。メレフィスもイザイヤ教団も一旦はゼーテの竜の門に集結するという。


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