第146話 メレフィスの死神


これを俺に? 昨日は言ってなかった。サプライズってわけか。ブライアンは俺の様子をうかがっている。俺が喜ぶ姿を見たいのだ。エリノアが言った。


「陛下は決闘裁判を御観戦されていました」


アレクシス・チャドラーとの戦いをか。ああ、そういやそうだった。


ははーん。俺に頭部防具がなかったので作ってやらなくてはと心配したんだ。それでこの骸骨か。強化外骨格パワード・エクソスケルトンに合わせた。一度死んでしまって生き返ったっていうのも影響している。


発想が捻りもなく安直過ぎる。子供の考えそうなことだ。だが、だからこそ、ブライアンが試合を見てホントに考えたと言える。


子供が一生懸命考えて、画を書いている姿が目に浮かんでしまう。俺はやはりおっさんだった。そういうのにたまらなく心揺さぶられる。


「兄上」


ブライアンは心配そうな顔つきだった。


「気に入ってくれましたか」


「はい! もちろんです! 陛下がお傍におられると思い、これから先ずっと、身に付けさせていただきます」


「よかった」


「今、身に付けてもよろしいでしょうか」


「もちろん。その布はマントです。それも身に着けて下さい。世も見たい」


アーメットヘルムの下に敷かれていた布はマントだった。


なるほどな。どの近衛騎士もマントをしてっからなぁ。王族が何もしてないのは可笑しいってことか。


「では!」


骸骨のアーメットヘルムを被った。裏張りのインナーパットは革製である。


「着け心地は?」


「ピッタリです」


さすがはこの国最高の職人だ。


「それに肌触りがいい」


「よかった。マントも着けてください」


「失礼いたします」 


立ち上がり、布を広げた。黒地に白で大きく髑髏が描かれている。刺繡だ。


アーメットヘルムといい、昨日今日では作れまい。ずっと前からブライアンは俺のために用意してくれていたんだ。俺はマントを羽織る。


「回ってくれませんか。マントも見せてください」


物自体は申し分ないが、アーメットヘルムとこれとでは相当目立つぞ。俺はゆっくりと廻った。ブライアンは机に身を乗り出している。


「兄上、凄く似合っています。敵は恐れて近づきもしないでしょう。メレフィスの死神って」


ああ、そういうコンセプトね。しゃぁないか。子供が好きそうだしな。多分、一番ビビるのはカリム・サンたちだろうな、違った意味で。


「それで、タァオフゥアとファルジュナールはどうでした。兄上はどうやって倒したのです」


乗って来たな。王といえどもやっぱり子供か。


「はい。強敵でございました。コウ・ユーハン殿もウマル・ライスマン殿も敵ながら称賛に値するかと」


敵の見事なまでの戦略と連携を話した。俺たちはそれにハマってまんまと追い詰められていった。勝てたのは強化外骨格と竜王の加護のおかげだった。敵兵五十人と護衛騎士五人をせん滅し、コウ・ユーハンとウマル・ライスマンを生け捕りにした。


補足すると強化外骨格は魔法の産物で、ローラムの竜王に貰ったと竜王の門では周知されている。敵兵はというと全滅していない。生かしたとなればアトゥラトゥルのことを話さなければいけない。


ブライアンはコウ・ユーハンとウマル・ライスマンの魔法のくだりをいたく気に入ってくれた。


「兄上はなぜ魔法を使わなかったのですか」


確かに俺は窮地に陥ったと言いながらも魔法を使っていない。素朴な質問だ。もちろん、“サイレント・ギャラクシー”を使っても良かった。特に塔の上に矢が飛んで来た時なぞはな。だが、バリー・レイズの前では答えるのはよそう。


なんたって、こいつは魔法キラーだ。俺も魔法無しで魔法使いを倒した。俺と戦うことを想定しているなら情報は喉から手が出るほどほしいはずだ。


案の定、背中からバリー・レイズの強い視線を感じる。エリノアの雰囲気も変わっていた。終始聞き流していた風であったのに、ギロリと目がすわった。


そんなに期待されてもねぇ。まさか俺が答えるとでも? 


実はあの時はまだ、魔法を使う踏ん切りがついていなかった。というか、命を預けるだけ魔法を信用しきれていなかった。帰還式での、竜王の加護の時は無理くりだった。いきなりアーロンが魔法の槍を投げつけて来た。死んだと思った。やはりあの時も全く信用しきれてなかった。


ただ、いよいよとなれば使うつもりではいた。つまりはまぁ、出しそびれだな。後になって後悔はした。雨男と北風小僧に魔法が何たるかを教わった。


「必要としませんでした」


ブライアンは俺の答えに手を叩いて喜んだ。さすがはわたしの兄上、とえらく興奮している。


「陛下、この話はこの辺で」


エリノアは面白くないようだ。


「殿下に頼みたいことがおありなんでしょ」


明るかったブライアンの表情が急に曇った。よっぽど言いにくいことなのだろう。


「そうでした。兄上」


うつむいた下で、眼差しは上目遣いだった。


「申し訳ありません。本隊は明後日みょうごにちの出立を予定していますが、兄上には一足先にゼーテ国に行ってもらえないでしょうか」


ははーん。そういうことか。呼ばれた本題はこれだった。


なるほどブライアンが、気が引けるのは十分わかる。エトイナ山派遣団のリーダーは誰がどう考えても、言いだしっぺでずっと尽力してきたこの俺だ。


子供でも分かることだ。それがだ、直ぐにでもゼーテに行けと言う。式典に出さないと言っているのも同然。


いや、エトイナ山派遣団のリーダーを解任するとも取れる。ブライアンは、一足先に、と言った。その意味からも察するに、エトイナ山へは行くには行ってもらうが、ってこと。


つまり、俺はただの水先案内人に成り下がった。まぁ、今更じゃないが、そうなるのは不思議でも何でもない。エリノアにしてみれば、本来ならカールがリーダーなのだ。やつらの予定では、俺はもう死んでこの世にいない。


何が何でも出立の式典には参加させない。晩餐会の場合はタイミングが悪かった。居ないうちにと安直に考えていたのだろう。バリー・レイズの戦功に浮かれて、柄にもなく内心我を失っていた。


蓋を開ければ、俺は王族を二人捕虜にした。しかも、短期間の間で使いを出させる約束までもローラムの竜王として来た。まぁ、実際はローラムの竜王の導くままに動いていただけだがなぁ。


エリノアは俺の功績を隠せただけでも胸をなでおろしたのだろう。


ともかく、晩餐会では気を抜いて失敗した。出立の式典では上手くやりたい。おそらくは、式典をやること自体、エリノアは反対していない。むしろやりたいぐらいだ。俺がいなければ尚いい。

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