第145話 恩賜

窓のカーテンの隙間から光がさしていた。魔法書が興味深いことばかりで時間を忘れていたらしい。


色んなことが分かった。例えばローラムの竜王の結界である。ずっとヘルナデス山脈に沿って壁のようなイメージでいた。


だったらそれは防御魔法だ。結界はあくまでも結界で、空間の支配。いわゆる時空間魔法だ。その中には壁のような形状のものは存在しない。


防御魔法で最もシンプルなのはただ単純に壁を張り、盾にするというものだ。その場合、壁自体に何かをさせるものじゃないから強度だけは相当だと考えられる。


他に属性魔法の派生であったり、そこに効果を付与したりするもの、例えばシーカーの青い石のように魔力を何段階か下げるタイプのものもある。


雨男と風小僧は自身の回りを水や空気の壁で覆った。領域を指定していて一見、結界のように思えるかもしれない。だが、それは間違いで防御魔法だ。


水や空気の特性を利用して魔法や物理の攻撃を回避している。空間の支配ではない。


俺の見解では、ローラムの竜王の結界はローラム大陸を覆う超巨大なドーム状だった。あまりに巨大すぎて俺たちは壁の部分しか見ていなかったということだ。高峰をポイントとして巧みに曲線を描いているためにヘルナデス山脈の尾根上の壁と勘違いしていた。


それが分かったとして、何がどう変わるかってことじゃない。ただ魔法書に一度は目を通しておくべきだったということだ。


もちろん、俺は本来の目的、ルーアーを見破れるであろう魔法も見つけ出した。というか、見破るっていうのはちょっと違うか。


その魔法の性質上、ドラゴン語も非常に短い。戦闘に十分使えるレベルだ。まぁ、普通は戦闘には使えないのだがな。


くだらなすぎて、この手の魔法を選んだのは俺が史上初めてかもしれん。雨男と風小僧が教えてくれた。要はどう使うかだ。


ただ単純に、透視するってことも考えたし、その魔法も存在した。だが、残念なことに俺には使えない。竜王の加護があるからだ。透視するには自分の目に魔法を掛けないといけない。


ドアにノックがあった。朝食です、とボーイがドアの向こうで言った。鍵を開け、ボーイを部屋に入れた。デーブルに朝食が用意されると俺はあと二人分も追加した。


アビィもジーンも昨日はいい夜を過ごせただろう。喜びの声が寝室から漏れ聞こえていた。ゆっくりと休んでもらって、俺はというともう一仕事だ。


ブライアンに会わなければいけない。朝食を済ませ、身支度を整え、部屋を後にした。


ブライアンの執務室の前まで行くとバリー・レイズの姿があった。アーメットヘルムは脇に抱えられて被ってないものの剣を携えたフル装備だった。


王の護衛騎士といえば近衛騎士団だ。あの金ぴか赤マントとは程遠い。バリー・レイズはエリノアの実家、パターソン家の私兵だったのである。それが王の護衛騎士。そりゃぁ、リーマンも警戒するわな。


バリー・レイズの装備はどう見てもやっぱ鉄製ではなかった。黒曜石のようなつやつやとした漆黒色で、鉄のように叩いて伸ばした感が全くなく、磨いてつやを出した感もない。どちらかというとガラス細工のような滑らかさで輝きがある。俺の世界でもこの世界でも見たことが無い。


―――ヴァルファニル鋼。


としか言いようがない。だが、しかし、フィルに教えてもらった『嘘つき勇者のアイザック』を連想してしまう。剣はボキボキに折れ、盾は砕かれたというが、実際その表現がガラスっぽくてまとを射ている。


俺の世界には強化ガラスってのがある。旅行バック程度の大きさのスペーステブリがぶち当たっても割れない強度を誇っている。それと一緒ということか。いやいや、それは考えづらい。『嘘つき勇者のアイザック』では現に割れてしまったのだ。


物語のヴァルファニル鋼は偽物だったのではないか。安直にそう解釈しそうだが、そうとも言い切れない。目の前にあるそれはまさにもろそうだ。なのに、辺境での戦場ではバリー・レイズを勝利に導いた。『嘘つき勇者のアイザック』の英雄譚えいゆうたんもあながち間違ってはいないかもしれん。


ここは魔法の世界だ。俺の常識は通用しない。ヴァルファニル鋼には何か他に重大な秘密が隠されている。


「陛下がお待ちです」


刺すような目つきとトゲのある言いぶり。バリー・レイズは執務室のドアを開けた。


こいつ、俺に恨みでもあんのか。身に覚えは全然ないが、あのキース・バージヴァルだったらなぁ。裁判の証言者ものべつ幕無しだった。被害者がどこにいたっておかしくはない。


王の執務室に入った。バリー・レイズも後ろについて来ている。凄い殺気だ。背中が寒い。マジで斬りかかって来るんじゃなかろうか。冗談抜きで俺はこいつに憎まれている。


まぁな。カールとエリノアの野望を考えれば、許せないのはキースじゃなく、この俺だ。後ろからでも切り殺したいところだろう。絶対にこいつも一枚嚙んでいる。


ブライアンは体格に似合わない重厚で大きな机に座っていた。


以前そこにはアーロンが座っていた。あのとき机は書類が山積みだった。今はきれいさっぱりで、机の上には布が掛けられたサッカーボールほどの物があるだけ。仕事をしていないってわけじゃない。政治の仕組みが変わっただけのこと。


ブライアンの後ろには当然、エリノアもいた。ブライアンは満面の笑みである。相変わらず背中は寒かった。俺の後ろにずっとバリー・レイズが張り付いている。


「陛下」


身を低くし、片膝を立て、頭を下げた。


「キース・バージヴァル、参上仕さんじょうつかまつりました」


「よく来てくれました。兄上」


机に対してブライアンは小さすぎる。


「母上、これを」


エリノアは机の横に立つと机の上にあるサッカーボール大の何かを、下に引かれている布ごと取る。進み出て、それを俺に手渡した。


「陛下からの御品です。陛下がこの国最高の職人に作らせました。デザインは陛下がなされました」


ブライアンから? ひざまずいたまま、被っている布を取った。骸骨をかたどった鉄製黒色のアーメットヘルムだった。


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