第144話 訪問者


ドラゴンと人の和平を仕組んだのはローラムの竜王ではないという理屈になる。ローラムの竜王は誰かに使われているだけ。その誰かとは、言わずもがな創造者。


俺の仮説が正しいかどうか、まずはオリジナルに近い魔法書だ。おそらくは歴史古文書局、その局長が管理していると考えるのが順当だろう。事実、歴史古文書局長が魔法書の写しを俺に手渡した。


まさか王笏と同じようにブライアンが管理しているとは思えない。今現在、多くの魔法書が集まって来ているからだ。


なにせ二千年に及ぶ家系だ。ちょっとやそっとじゃない。本の多さは容易に想像がつく。組織的に管理しなければ何が何だか分からなくなる。


裏を取っておく必要がある。先ずはローラムの竜王にとぼけられぬよう事実を突きつける。


そして、創造者よ。いや、ゲームマスターというべきか。ローラムの竜王を隠れ蓑にしていることといい、俺をこの世界に引き入れたことといい、やり口から全く良いようには受け取れないぜ。いったい何を考えている、何がしたい。竜王も誰も彼ももてあそびやがって。絶対に会って、その考えを問いただしてやる。


「殿下。お気を悪くなされぬように。言いにくいのですが、オリジナルに最も近いというか、オリジナルそのものがありまして」


「どこにある。誰が持っている」


「王立図書館。所持しているのはバージヴァル家。つまり、殿下です」


マジか。またそんなことも知らないのかと思われてそうだ。フィルだからいいものを、熱くなると俺はどうもキース・バージヴァルであることを忘れてしまうようだ。恥をかく程度で済めばいいが、足元をすくわれることだってあるやもしれん。


俺は王族で王嗣おうしという立場にいることをしっかり頭に叩き込んでないと。


フィル・ロギンズによるとやはり王立図書館には王族しか入れない。そこには王族に関する記録が膨大に保管されているらしい。


王室に属した者に対して一冊、伝記を書いたとしよう。それは地下を埋めるほどだろ。フィル・ロギンズが言うには、人の背丈の三倍や四倍の本棚が無限に並び、壁自体も本棚で、本を取るために階の中間の高さには回廊が設けてある。侍従になる時に与えられる予備知識だそうだ。


その地下の中央にオリジナルの魔法書が神霊のごとく鎮座しているらしい。まったく朽ちていない新品同様の姿で、世界樹製の書見台の上に置かれている。王族は出入り自由で、冒険がてらに入る子供も少なくないそうだ。


流石のエリノアもそれまでは覆すことは出来なかったようだ。つまり、俺自身はエリノアに許可を必要としないということ。キース・バージヴァルは入ったことがあるのだろうか。


ローラムの竜王との契約前には魔法書の前で儀式が行われるのが習わしだ。俺の場合は省かれた。それどころかアーロンに呼び出され、カールを殺す毒薬を手渡された。まぁ、それがある意味、儀式だったのかもしれんがな。


それはいい。いておくとして、オリジナルの魔法書のことだ。まったくの新品の姿であるらしい。ということは、魔法がかかっている。俺が触れればどうなるか。竜王の加護。魔法は解かれる。一瞬にしてバラバラ。手から抜け落ちてちりとなり、フワフワ飛んで本棚や他の本の上に積もるのだろう。


それはまずい。そもそもフィルは連れていくつもりだった。どの道エリノアの許可が必要なのは分かっている。いや、厳密に言えば家長のブライアンか。


明日、ブライアンと時間が取れる。そん時に話すつもりだ。もちろん、魔法書を返却しろとエリノアには言われるだろうが、そんなことは百も承知。幸運なことにブライアンはなぜか俺に好意を持ってくれている。


俺は自分の部屋の前に立っていた。フィルの部屋から持ち帰った魔法書を脇にかかえ、もう一方の手で鍵を探してポケットをまさぐっている。


やっとこ見つけ出し、鍵を鍵穴に差し込み、回した。スカッとなった。古典的なウォード錠である。回すのに引っ掛かりがないということは開錠されているってことだ。


誰かが俺の部屋に侵入している。暗殺者か。あるいは俺を拉致しようとしている。俺は明らかにタァオフゥアとファルジュナールに狙われていた。ゆっくりとドアを開ける。


だだっ広い部屋にアビィ・グリーンとジーン・コックスがいた。シーカーの女戦士だ。二人は素っ裸で立ったまま、抱き合って貪るような熱いキスをしていた。


なるほどそういうことか。俺は二人を無視し、机に魔法書を置くと椅子に腰を落ち着けた。二人は恋仲で、俺はその片方を助けた。だから、二人ともが俺に恩を感じている。


旅の最中、彼女らは愛し合うのをずっと我慢していた。ハロルドの部屋を抜け出して、誰もいない俺の部屋に忍び込んだ。これぐらいの鍵を開けるのなんてシーカーならお手のもんだ。


素っ裸のアビィとジーンが突っ立って、俺を見ている。殿下なら入って来ていいよ、的な眼差しだ。欲しがっているって表情ともとれる。


ああ、そういう目的で忍び込んで来たのか。礼をしたいのね。あいにく俺は忙しいんだ。明日の朝までにこの本の中から一つ魔法を見つけ出さないといけない。


「二人とも」


俺は手招きした。


「ちょっとこっちに」


ワクワク顔の二人が机の前まで来た。俺は椅子から立って二人の後ろに回り込む。そして、二人の肩を抱くと寝室に向けて歩き出す。


アビィもジーンも嬉しそうだ。頬を赤らめた笑顔はお礼というよりも、どう見ても、二人とも俺に惚れている。三人で寝室に入った。


「いいベッドだろ。マットレスはフカフカで、掛布も軽くて生地もいい。羽毛にシルクだ。それにデカい」


俺は二人の背中を押した。


「旅に出たら当分おあずけだ。今夜は水入らず、俺に気兼ねなく楽しんでくれ」


俺は寝室から出て、ドアを閉めた。

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