第143話 原本

開かれたまま魔法書が俺に戻された。あっという間だ。目に入るページの左一面にドラゴン語、右一面に翻訳。そして、ページをめくると魔法陣と魔法の効果。


癒しを施す白魔法に分類されている。内容は状態異常解除。物にかかった呪いなどには無効。生命体にのみ効果を示す。


解除するのはある条件下で魔獣化する、例えば月を見ると狼男に変わるなど。または七日後に死ぬなどの呪いの類。狂戦士化。そして、アンデット化。


アンデット! これだっ! 


魔法書はこれらの魔法を解除出来るとうたっている。これでイーデンは助かる! さすがはフィル。


しかし、驚きだ。悩みもせず、これだけのページからこうもやすやすと探し出したもんだ。もう頭の中にすっかり入っているんだな。もしかして、フィルが人間で一番の魔法使いになるかもしれん。


声を出さずに読み進めていく。喜びで、目でなぞる文字に拍子が付く。


なるほどな。解除できるこれらの魔法はただ単純に、人をカエルやネズミに変えるとか童話でよく見かける魔法ではない。


肉体というよりかは魂か何かに比重を置いた魔法というべきか。それを連想させる魔法ばかり。


死んだらとか、月を見たらとか、七日後とか、どれも効果に合わせて大小様々なハードルが設けてある。これらの魔法は魂か何かよく分からないものに干渉するんだ。ハイレベルな魔法には違いない。そんな魔法が解除できる。


にしても、なんて長いドラゴン語なんだ。俺はドラゴン語が話せるので翻訳の方は見なくていいとして、前後脈略のない言葉の羅列というか、詩というか、はたまた物語というか。


これは無理だ。フィルに紙に書いてもらって、魔法を行使する時にはそれを読む必要がある。それと失敗しないように魔法陣も書いてもらわないと。


ちょくちょく見て、魔法陣も頭に叩き込んでおいた方がいい。失敗したら初めからやり直さなくてはならない。


「フィル、苦労して写しを取らしておいて悪いが、もう一度だけ頼まれてくれないか。この魔法だけを紙に書いて俺に渡してほしい」


「わかりました。では、早速」


フィルは立ち上がり、俺に視線を向けた。目が、俺の手元にある魔法書を渡すよう俺に催促している。


「いや、そうではない。これは俺が今夜預かる。今言った魔法はおまえのやつ、写本の方のでやってくれ。俺も一回ぐらいこの魔法書をちゃんと見ておきたいんだ」


魔法書は明日にでも返さなくてはならなくなるだろう。この本から俺はルーアーを見抜く魔法を探さないといけない。


ヴァルファニル鋼を手に入れたにしろ、ルーアーが賢いドラゴンのどこにあるのか分からないと話にならない。セプトンと戦ってその重要性をまざまざと思い知らされた。


フィルに選んでもらうのも手だ。だが、何のための魔法書であるか。本来なら自分で探さないといけない。人伝ひとづての魔法は質が悪いと思えるし、幅広く魔法の知識も得たい。探せなかったらその時に、フィルに相談すればいい。


「そう言うことでございましたか」


「では、頼んだぞ」


護衛騎士とは名ばかりでフィルの本来文官としての能力に俺は絶大な信頼を置いている。


「最後に一つ聞きたいのだが、ここにある魔法書もある意味、写しであるんだよな。王家が興ったのは二千年以上も前と聞く。王家から分かれ、貴族や臣民となった者たちは皆、王家だったあかしとしてこの魔法書を持っている。だったら、彼らの手元にある物は全て写しだということだよな。オリジナルに近いものを見てみたい。オリジナルに最も近いのは誰が所持している」


魔法書がどこから来たのかについて知りたい。セプトンはこの魔法書に書かれている魔法を知らなかった。いや、他のドラゴンも知らない臭い。ヤールングローヴィも知らなかったほどだ。


魔法書は誰が書いた。ローラムの竜王に確認すればいい。二十六日後にはエトイナ山に俺はいるのだから。


それまでに一度オリジナルに近い魔法書を見ておく必要がある。新たな発見もあるかもしれんしな。その時はフィルも同行させる。


人類と休戦協定を結んだのはローラムの竜王。それは紛れもない事実だ。普通に考えれば魔法書を人に手渡したのは協定を結んだローラムの竜王ということになる。


だったら、魔法が書き足されているとか内容に動きがあるとは考えづらい。


そもそも魔法がリーダーの権力や権威を表現するシンボルとなっているんだ。それがどういうものなのか、民衆の畏怖の念を煽るためにも明らかにされることはない。


当然どの王国も研究する部署とか、魔法書を編纂する部署とかは存在しないし、魔法には相性がある以上、習得した魔法は王族同士でも公言されず秘匿される傾向にある。新たな魔法が発見されたから書き足しときますね、ってことにはならないはずだ。


クレシオンではフィルが雨男の魔法を言い当てた。それは他王族でもバージヴァル家と同じ魔法書が受け継がれているという事実を物語っている。少なくとも魔法書は王国が興った時点でその場にあった。


オリジナルと俺の魔法書の内容には変化がないとみていい。里の主レベルは”サイレント・ギャラクシー”は知らなかった。ヤールングローヴィのあの慌てた感じからして、竜王のジェントリも同じ程度だろう。


問題なのは、もし最古のドラゴンであるローラムの竜王でさえ知らない魔法が魔法書に書かれていたなら、ということだ。確認するのは難しくない。”サイレント・ギャラクシー”なる魔法を知っているかと問えばいい。


有り得ない話ではない。そうなると魔法書を人類に手渡したのはローラムの竜王ではない。もちろん、里の主でも竜王のジェントリでもない。


もし、ローラムの竜王が魔法書を人に手渡していないというならば。





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あとがき


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