第142話 返却命令


血沸き肉躍る物語から最後はえらッそうな王がまんまと騙されてオチ。どんでん返しとまでは言えないが、まぁ、ざまぁってことなんだろう。子供は十分楽しめる。少なくとも俺は面白くない。なぁに、王族を気取っているってわけじゃぁない。


この話が事実から作られたものであるなら、ヴァルファニル鋼は全然ものの役に立たない。ヤールングローヴィは確かにヴァルファニル鋼と言った。それともなにか、アイザックの家族は偽の剣と盾、それに鎧を王にくれてやったのか。その辺のところは全く語られていない。


庶民にとって、王がまんまとしてやられたっていうのは痛快だ。アイザックの冒険は元々嘘だった、と解釈する方が物語は楽しめる。というか、それが世間の常識となっている。だから、誰もヴァルファニル鋼には触れない。もちろん、王族たちはこの話にいい顔をしない。


もし俺が、あの時、リーマンにヴァルファニル鋼について尋ねてしまったらどうなっていたか。


まぁ、怒りはしないだろうな。笑われて、もう少し大人になりなさい、とたしなめられるところだった。


ちっ。もういい。魔法書についてだ。


「王太后がメレフィス全土に魔法書の返還を命じているそうだ。俺はまだ命じられていないがな」


急に話題を変えたのにフィルは察したようだ。ヴァルファニル鋼の話は無かったかのように表情を整えて、俺の言葉に応えた。


「アンダーソン卿はずっと前にご返却なされたとか」


イーデンは臣民となり、アンダーソンを名乗り、ウォーレン州の知事選に出た。やつは生真面目だからその時に魔法書を返却したのだろう。今は俺の護衛騎士で、爵位は男爵だ。元王族といえども一度臣民に下ると復帰の爵位は最下層という決まりとなっている。


「殿下はほとんど王都にはいませんでしたから、これからでしょうね」


すました顔でそう言ったフィルにちょっと笑えた。もしカリム・サンなら俺が話を変えても、傷口に塩を塗るように執拗しつように俺を責め立ててきた。俺の方こそやつに、ちょっとは大人になれといいたい。フィルの場合はもう無かったこととなっている。フィルとカリム・サンの馬が合うのはこういうところだろう。


「ああ。明日、陛下に謁見する。その時に言い渡されるかもしれないな。エトイナ山への出発は明後日だからな」


「準備はすでに出来ております」


「フィル。一字一句、寸分たがわず、とお前は言ったな」


「はい」


「俺の考えだと魔法書を見るのと見ないとでは行使される魔法の出来が全然違う。俺もフィルに教えてもらった魔法を長城の西で早速使ってみた」


”サイレント・ギャラクシー”はフィルに口頭で教授された。他にもいくつか見繕みつくろってもらっている。それらは聞いただけで、実際魔法書を見ていない。


フィルは立ち上がって机の魔法書を取ると”サイレント・ギャラクシー”のページを開き、ソファーに座る俺に手渡した。


“サイレント・ギャラクシー”のページはドラゴン語とそれの翻訳が書かれていた。魔法陣も描かれ、魔法の効能とリスクが書き述べられている。


これで俺の”サイレント・ギャラクシー”がどう変わるのかは分からない。実際、セプトンとの戦いではただ時間を止めただけ。攻撃は全て強化外骨格、パワード・エクソスケルトンのみで行われた。


確かに魔法陣を、この目でしっかり見ると沈黙する世界がその場に現れて来そうな気がする。魔法陣はただ単に紙に書かれているのではなく圧倒的な存在感を俺に放っていた。


「フィル。何度も確認して悪いが、写しの方も魔法陣は描かれているんだろうな」


「もちろんです」


「王太后は魔法の一括管理を目論んでいる。お前たちはおそらく魔法を自由に選べない。与えられた魔法のみ使えるようになる。フィル、王太后の目を盗んでおまえが皆に合った魔法を選んでやれ。本人が望むならそのアドバイスをしろ」


「殿下ならそうおっしゃると思いました」


俺を見る目に力を感じる。


「お任せを」


「その時に写しが必要だ。魔法の効果と魔法陣の出来、そして、頭に描いたイメージの三者には相互作用があると俺は考える。ドラゴン語が上手い、言い換えれば、魔法陣の完成度が高ければ高いほど魔法の効果も上がる」


「同じ魔法同士がぶつかった場合、魔法陣の完成度が高い方が勝つと」


「そういうことだ。われわれ人は声を出すことによって相手に意志を伝える。その習慣から抜け出せない。というか無意識レベルでそうしている。絶対に、ドラゴン語を上手くやろうとして声や発音に注力してしまう。あるいはより強い魔法を行使しようと思って大声でドラゴン語を唱える。ドラゴン語はそれじゃぁダメなんだ。我々で言う声や発音がいいとは、ドラゴン語で言い換えれば良い魔法陣を描けるってこと。究極、それが出来れば詠唱の必要もないってことにもなる。我々の手本は魔法書のみ」


フィルは深くうなずいた。俺の言う意味を理解したようだ。国家が魔法書を回収するということは国家が人々に魔法を与えるということだ。必然、それはそのドラゴン語のみ。カールもエリノアも魔法書の真の重要性にまだ気付いていない。


「もちろん、ここに書いている文章も大事だ。読めば魔法効果を深く理解し、イメージもしやすくなる。よいな」


「御意」


よし。返事も力強い。これで安心した。


「ここに来たのはこれだけでない。別件がある」


「はい。なんなりと」


「条件がそろえば発動する類の魔法。例えばリーマンの自爆魔法。ああいうのを解除するにはどの魔法が有効か」


俺は手に持っている魔法の本を閉じ、向かいのソファーに座っているフィルに手渡した。フィルは思考を巡らせつつ俺から本を受け取るとペラペラ捲り始める。


「自爆魔法は解除出来ませんが、これなんかはいかがでしょうか」

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