第141話 児童書


「魔法書の写しはできたのか?」


「はい。一字一句、寸分たがわず」


「さすがフィル・ロギンズ。頼りになる」


「殿下の方は何か分かりましたか」


褒めているのにスルーかよ。フィルめ、俺の態度から何か掴んで来たなって察したな。はいはい、良いの持って参りましたよ。


「リーマンの情報によると、バリー・レイズは魔法陣を剣で切った」


魔法はとどのつまりイメージだとラキラ・ハウルが言った。魔法陣が魔法を発するのではない。例えるなら言霊だ。発した言葉に霊が宿り、その霊力で発した言葉が現実となる。


ドラゴン語で意思疎通する場合、形成された魔法陣により己のイメージそのまんまを相手の目を通してその脳に伝える。一方で魔法を発動する場合、魔法陣に宿った霊力で現実不可能な事象を可能にする。


何に対してどういう力が働くかは分からない。ずっとしっくりこなかった点だ。おそらくは、我々の言葉よりドラゴン語の方が何か《・・》に対してイメージを伝えやすいのだろう。意思疎通の場合と同じように何か《・・》に対してダイレクトに影響を及ぼす。


まだ俺の知らない何か《・・》がある。だが、ここではその考察は避けようと思う。おそらくは誰も答えられない。創造者あたりだったら答えを持っていようが。


いずれにしても、魔法を行使するにはイメージがいの一番であるということ。


普段からドラゴン語でやり取りしているドラゴンには魔法書がいらない。イメージさえ伝わればそのイメージ通りにドラゴン語をつづり、魔法を行使することが出来るからだ。


結界魔法を知らないジュールがイメージを伝えただけでそれを実現した。おそらくは魔法陣を見せただけでも同じような事が出来るのだろう。我々の場合、ラキラとジュールが行う念話的なイメージのやり取りは出来ない。


魔法陣を介してとなる。それが王族の間のみという特殊な環境下で行われていた。どこかで誰かが造った魔法陣を見て覚えるとなるとそれはもう無理ゲーと言わざるを得ない。


権力争い。憎悪に嫉妬。誰が味方か敵か分からない。手の内はそう簡単には見せられないのだ。


誰かが誰かに魔法のドラゴン語を伝授したとしても、どうしても偏りが出る、と言うか、皆同じような魔法を習得してしまうことになろう。しかも、覚えられる魔法は四つに限られている。


魔法書がなかったらもうとっくに魔法なんてエンドガーデンから消え失せていた。ローラムの竜王と契約して、ただドラゴンと喋れるようになったってだけ。


どうしても魔法書頼りとなる。魔法書に書かれたドラゴン語と魔法陣。そこから脳へダイレクトに送られるイメージ。ドラゴン語を得ても魔法をイメージ出来なければそれはただの手話みたいなもんだ。


セプトンは魔法を行使しようとして魔法陣を出した。が、完成には至らなかった。それもイメージが関係している。ヤールングローヴィに威圧され、精神的に追い込まれた。


イメージが出来なくなれば魔法陣を造れないし、イメージが鮮明であればあるほどドラゴン語が上手い、つまり魔法陣の完成度が高くなるということ。


そして、その出来によって同じ魔法も質が変わってくるのだろう。完成度の低い魔法陣では同じ魔法でもそれ相応の効果しか発揮しない。


より完成度が高い魔法陣が造られたとしても傷付けば質は落ちる。魔法の効果も薄れていくし、真っ二つに裂けてしまえばそれはもうゴミだ。魔法は発動しない。


「ですが、殿下。あれは切れるものですか」


フィルはアーロン王の魔法陣もカールの魔法陣も見ている。帰還式のあの場にいたからだ。最近ではクレシオンでのアトゥラトゥルの魔法陣だ。


「ヴァルファニル鋼」


部屋に静けさが漂った。フィルはきょとんとした顔をしている。


「殿下、それは嘘つき勇者のアイザック、のヴァルファニル鋼ですか」


「アイザックはどうだか知らんが、そのヴァルファニル鋼だ」 


フィルが知っている。予想外、というか。


「ホントに知っているのか!」


「いえ、まぁ、誰でも知っていると思いますよ」


意外! ヴァルファニル鋼って結構メジャーなんだ。なんでリーマンからヴァルファニルのヴァの字すら出て来なかったんだ。


「で、どこにある」


「どこって。本。本の中ですよ」


なるほど。パターソン家は古書の収集をしていた。


「何の本だ」


「ですから、嘘つき勇者のアイザックです」


「嘘つきアイザック?」


「本の題名ですよ。殿下もお読みになったでしょ、子供の頃。あ、失礼しました。王族の方々は読まれてないのですね」


ドラゴンのジェトリと取っ組み合いの力比べをしたり、ドラゴンの姫とダンスを踊ったり、美女をシーカーの魔の手から救い出して娶ったりした男、アイザック。


アイザックは精霊に祝福を受けた剣と盾、鎧を身に着けていた。それがヴァルファニル鋼。アイザックの死後、その家族が金に目がくらんで剣と盾、鎧を王に譲り、王はエトイナ山へと旅立つ息子にそれを与える。


長城の西に入った王の息子はドラゴンに襲われる。待ってましたとばかり戦いを挑むものの全く歯が立たず、うのていで竜王の門へ逃げ帰ってくる。剣はボキボキに折れ、盾は砕かれ、鎧はバラバラ。怒り狂った王は報いを受けさせようとアイザックの家に兵を送る。だが、そこには誰も居ず、しょうがなく剣と盾と鎧の残骸を憂さ晴らしに海に沈めたという。


嘘つきに騙された馬鹿な王の物語。と、まぁ、こんな話をフィルはした。

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