第139話 孤児院


俺はまだ、「バリー・レイズのことだ」としか言えてない。


気を取り直す。


「で、俺が聞きたいことなんだが」


「はい。バリー・レイズはあの歳ですから下級兵士なのかもしれません。上がまだ何人もいると考えられます。王太后陛下は、我が国からのエトイナ山行きメンバーにお身内のみを選出なされました。その方々がドラゴン語を覚え、竜王の門をうろうろするって状況となり、そのうえご実家の私兵たちが竜王の門に入ったらどうなるか」


状況が自分たちにとっていかに危ういかをリーマンはずっと説いている。俺を煽ってるつもりのようだが、ぜんぜん心に響かない。っていうか、自分の用件の方が頭にあって、リーマンとの会話に没入することができない。


「どうか、お力添えを」


リーマンは深々と頭を下げた。


え? こいつ、勝手に話して、勝手に話を閉めた?


ぼーっとしていたらこれだ。油断も隙もあったもんじゃない。結局自分の言いたいことを言っただけじゃないか。


「リーマン殿。俺はまだ、バリー・レイズのことを聞いていないが」


リーマンは怪訝けげんな表情をした。バリー・レイズのことを話していたつもりだったようだ。だが、内容はとどのつまりエリノアの危険度であって、バリー・レイズという人間についてではない。


「あいつは何者だ」


「あ、そうでしたな」


はぁ? 分かっていながらってことか。めんどくせぇ。


対バリー・レイズについては、共闘しようっていうのは分かる。それなら手を結びましょうだけでいいじゃないか。第三者的な立ち位置で、しかも、会話の自然な流れでそうなったみたいな感じにしやがって。宮廷では私心をさらけ出すようなお下品なまねはしないってか。


「では、お話ししましょう。わたくしの調べでは、バリー・レイズはパターソン家が営む孤児院の出ですな」


「孤児院………」 


なるほど、バリー・レイズ自体はリーマンにとって取るに足らない人間というわけだ。さっきまでエリノアの危険度のみ語られていた。だが、確かにリーマンの言う通りかもしれない。


バリー・レイズのような者がまだ何人もいる。己の才のみで一から技を磨き、あの歳で境地に達するとは到底考えにくい。師がいるはずだし、仲間もいそうだ。


それに孤児院っていうのがな、うさん臭すぎる。


「パターソン家について教えてくれ」


リーマンは大仰おおぎょうに肩を落とし、これ見よがしにため息をつく。


「王太后陛下のご実家ですぞ。殿下はそういうところがあります。いいですか、パターソン家は竜王の門から長く遠ざかっており、今は寂れてパッとしませんが、元をただせば今から三十二代前のパトリック王から別れた由緒ある家柄です。東部の海に面したザカリー州デレクに広大な土地を代々所有しておりまして、なかなか勤勉な一族です。放蕩に金を費やさず、古書などを何代にも渡って収集しておられるとか。王太后陛下もお血筋なんでございましょうなぁ。王都では聡明でとおり、それが縁でカールとお近づきになり、アーロン王のお目に止まったのでございます」


元王族に古書か。もしかしてカールは、罪なき兵団が突然動かなくなった理由とか、王家の成り立ちとか、五つの王族がそれぞれ持つ王笏の意味なんかをエリノアから教えられたのかもしれん。


そう考えるとカールはエリノアから多大な影響を受けている。あるいは逆で、歴史研究が好きなカールの方からパターソン家に近づいて行き、エリノアに影響を与えたのか。いずれにしても、興味深い。


二人の出会いがこの世界を大きく変えようとしている。歴史はこうやって作られていくんだ。もし、VRMMPRPGなら上手くできている。


だが、今はヴァルファニル鋼についてだ。そのような名前の金属は俺の世界ではなかった。リーマンではないが、エリノアの危険度から言ってもそれがどういうしろ物なのか知る必要がある。


「古書の収集とは? 何か特定のものを代々研究しているとか」


ザザムやガリオンのドラゴンと対峙した時もきっと必要となる。俺はあえてヴァルファニル鋼という言葉を使わない。リーマンがそれを知らなければ、今はあえて教えることもあるまい。


「そうだな。例えば古代兵器とか」


「古代兵器ですか」


露骨に嫌な顔を見せた。


「それはないでしょうな。あれはカールの趣味です。もしそうであるなら、アーロン王はカール捜索にデレクへ軍を向かわせたはずです」


そんな顔するか。古代兵器って言葉を二度と聞きたくもないって面してやがる。俺はただ、話が伝わるように古代兵器と例えただけだ。


あっ! ああ、古代兵器じゃなくてな、カールね。そうか、嫌な顔を見せたのはカールか。エリノアとカールは恋仲だった。カールが逃げた時、エリノアが真っ先に疑われてもおかしくはなかった。


デレクへ向かわせたはず? アーロン王が? 


ウォーレン州アンダーソン邸はお前の進言だろ。アーロン王はおまえの言葉しか聞かないとお前自身がその口で自慢げに喋っていたじゃないか。


リーマンはしくじったと今更ながら後悔しているんだ。カール逃亡時、イーデンの妻子も真っ先に姿を消した。それにつられてリーマンは動いてしまった。議会がカールからエリノアに鞍替えしたのも知らずに。


エリノアは自分に疑いの目を向けさせないよう議会の人間を使ってイーデン妻子に逃亡をそそのかした。


もしかしてリーマンは、カールがエリノアの実家デレクに居るとでも思っているのかもな。


実際はラグナロクにいるんだが。


いずれにしてもカールはいつか戻って来る。リーマンがさっき言った。どうかお力添えをと。その時こそ手を結ぼうってことだ。


リーマンは内心怯えている。もちろん、カールのことでだ。パターソン家の私兵を引き連れ戻って来たと思ったら粛清の嵐。真っ先に亡き者とされるとリーマンは考えている。かといって今さらカールはない。なぜならば、王がブライアンで王太后がエリノアなのだから。カール捕縛の命なぞそうはずもない。

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