第130話 女戦士


少し歩くとラース・グレンが俺たちの前に出、立ち止まる。そして、俺を見据えると深々と頭を下げた。


「あなた様とご一緒出来たことは光栄の極み。お困りのことがあれば何なりとお申し付けください。我々シーカーはどこにいようが駆け付けます」


さらにもう一度頭を下げ、俺の言葉を待たずして人ごみの中に消えていく。


どこにいようが駆け付けます、か。再会はそう遠くはない、王都に潜むシーカーの頭目ラース・グレンよ。メレフィス全体もおまえの管轄下なんだろ。今度会う時はきっとドラゴンの背中の上。一緒にエトイナ山に行くことになる。


竜王の門へ向けて歩を進める。ちょっと歩いてすぐにカリム・サンが近付いて来た。耳打ちするように体を寄せて来て、あれっと後ろを親指でさす。


ラース・グレンが去ったのに、女戦士ら二人がまだいる。俺たちに付いて来ていた。


おやっと思ったが、いつのまにか姿を消すのだろうと考え直し、カリム・サンには、ほおっておけ、と言う。


ところがだ。いつまでたっても消えやしない。もう竜王の門という所で俺たちは足を止めた。カリム・サンが振り向いて言った。


「どういう了見だ」


カリム・サンの声色には帰れという嫌な感情が滲み出ている。分かりやすいやつだ。女戦士らはというと全く動じていない。


「私たちは殿下に死ぬまで付いて行く。おまえには関係ない」


カリム・サンの表情が、なんだとぉとなった。「仕事は終わったんだ」と強い口調で女戦士に言い放つ。それでも女戦士らはピクリとも動かない。カリム・サンは目をいっそう細め、それから俺に視線を送った。目に角が立っている。


ため息が出る。どうしたものかと思った。確かクレシオンの戦いで女戦士の一人を救った。死ぬまでついていくというからには彼女らはその恩に報いようとしている。それならば気にすることはない。立派な行動でも何でもない。助けられたから助けたまで。戦場では当たり前のことだ。


とはいえ、犬を追い払うように帰してしまっては後味が悪い。俺たちは力を合わせて戦ったんだ。捕虜の面倒も見てもらったしな。


イーデンに目配せをする。イーデンは雨男と北風小僧の襟首を掴んで俺たちから離れていき、建屋の石壁に顔を向かせた。もちろん、二人は後手に縛ってある。


「おまえたち、名前は?」


「アビィ・グリーン」


矢に討たれそうになったところを助けた女だ。


「ジーン・コックス」


二人とも二十歳ぐらい、いや、もっと若いか。体脂肪率がほぼ無い。引き締まった肉体ゆえか、大人びて見える。


「シーカーにはシーカーの仕事がある。俺たちには俺たちの仕事がある。互いにやり方も違っていれば、人の活かし方も違う。おまえたちは俺たちに出来ない仕事をやってほしい。それが俺の助けにもなる。俺のことは大丈夫だ。ほら、ここにいるおっさんら、彼らが俺を守ってくれる」


アビィとジーンの視線が俺たちの間を行き来していた。カリム・サンは苛立っている。フィルやハロルドは、俺たちで大丈夫だとでも言わんばかりに軟らかな笑みを見せる。イーデンはというと雨男と北風小僧の後ろにピタリと付き、変な動きをしないか監視していた。


アビィとジーンは受け入れてもらえないと悟ったか、俺へと視線を集める。置いて行くなと目に熱がこもっている。


よく考えれば、彼女らの顔をまじまじと見るのは初めてだった。二人とも大きな瞳の美人で、視線がばっちり合うとなんだか気恥ずかしい。目を逸らし、あらぬ方向へと向けた。やっぱ俺はおっさんだった。


「と、いうことだ」


勝ち誇ったように言うカリム・サンはなんだか偉そうだ。さぁ、行こ行こってな感じできびすを返し、歩き出す。フィルとハロルドも引っ張られるように歩を進める。俺は一度口角をぎゅっと結んで、今度は二人をしっかりと見据えた。


「ありがとう。君たちがいてたすかった」


手を差し出した。別れの握手だ。


アビィもジーンもそれに答えなかった。ずっと大きなまなこが俺に向けられている。失望したのであろう。気迫はしぼんで、ああそうですかって冷やかな目つきとなっている。


はは。そう不貞腐れるな。おまえたちならきっとエトイナ山行きが許される。俺はイーデンに声をかけるときびすを返した。また会おうと心の中でそう言って、皆を追うように先へと進む。


イーデンが捕虜二人を連れて、追いついて来た。アビィとジーンは道に立ち止ったままだ。


と、思いきや、二人は距離を置いてずっと後ろをついて来る。業を煮やしたカリム・サンが踵を返し追い払いに行く。ハロルドが面白がる。


「シーカーの女はこうと決めれば決して折れない。殿下、とんでもないのに好かれましたなぁ。あの感じだと城だろうが何だろうが忍び込んで来て、普通に殿下の寝室まで入って来る。諦めた方がいいですよ。ほっときゃぁかえって騒ぎになる。面倒見るって言ったって悪いことばかりではない。この辺の女よりぁよっぽどいい。シーカーの女は男の喜ばせ方を本能的に知っている。しかも二人。こりゃぁ、大変だ」


経験有りって面だな。思い出して鼻の下を伸ばしてやがる。こりゃぁ、誤解を招きそうだ。


冗談はさておき、みすみす彼女らを危険にさらすこともあるまい。仕方がないな。連れていく他ない。追い払おうとするカリム・サンを呼び戻し、連れていく旨を言い渡した。


カリム・サンが例によって癇癪を起す。だが、慣れている。こいつは悪い男ではない。


「アビィもジーンも、この分だと竜王の門に忍び込んでくる。捕まったら死罪だ」


カリム・サンも凱旋パレードの凄惨な現場を見た。仮にも仲間だった者たちである。一緒に死線を潜り抜けて来たんだ。ハロルドも援護射撃してくれる。俺に言ったのと同じようにシーカーは言いだしたら誰の話も聞かないと説明した。ただ、夜這いの話だけは抜きである。カリム・サンの性格上、それを言うと逆効果だ。


弱いものが虐げられるのに怒りを覚える。こいつはそういう男だ。案の定、カリム・サンは承諾するしかなかった。

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