第131話 帰還


いかがわしい面子めんつにもかかわらず、城門で近衛騎士に囲まれることはなかった。通路でも大勢に出くわしたが、俺たちは声もかけられない。


隊の長と思しき者は皆、驚いてすっ飛んで行った。上司に報告しに行ったのだ。おそらくはその上司も酔って浮かれていて己の考えも働かせず、さらに上へと話を上げる。上の連中も酔っている。さらに話は上に行く。


俺たちはお迎えを待たずして、ずんずん城内を進む。晩餐会の最中であった。やつらにとってタイミングが悪いっちゃぁ悪いんだが、俺たちにとっては好都合。雨男と北風小僧、それにシーカーの女戦士も付いて来ている。


取り敢えず、全員が俺の部屋に入った。待てば誰かが来る。おそらくは執政デューク・デルフォードあたりか。


俺は机に座り、雨男と北風小僧はソファーに座らせる。もちろん、マスクは外していない。他は突っ立っている。


楽団の演奏が漏れ聞こえていた。大声でしゃべる男や女たちの声も聞こえる。案の定、デルフォードが赤いつらして現れた。


慌てて走って来たのか服装は乱れ、息も切れている。ドアは開けっぱなしで机にしがみついたと思ったら開口一番、「御首尾は」と声を上げる。


「うむ、上手く行ったよ」


酔っていたのもあろう。そうでしたか、そうでしたか、と詳しい内容も聞かずにうなずいていた。


彼にとって喜ばしい日となったはずだ。内乱になりかけていたのを抑え、国民にも支持される。その上でタイミングよく、政権の虎の子、魔法開放の道筋が立ったと告げられた。


「さっそく皆の前で報告しましょう」


はぁ? 幾ら気分が良いとはいえ何でそうなるか。酔っているにもほどがある。確かにそれをやれば更に国民に支持され、こいつの地位は盤石となるのだが。


何を話す。皆の前で話せる話ではないだろうに。


「晩餐会でか?」


デルフォードは、はっとした。


「あ、はぁ。その晩餐会で………」


自分から言い出しといて口ごもってしまう。そりゃぁそうだ。俺には秘密任務を強いといて自分たちはこのバカ騒ぎ。


設定で言えば、何も知らされていない俺は王都に来て、「???」ってなっている。しかも、今帰ったばかりだ。そんな人間に対して普通に考えてあまりにも理不尽じゃないか。あるいは、俺を軽んじていると言っていい。


キレてもいい案件だ。まぁ、それがあるからこいつは歯切れが悪くなったんだろうがな。せいぜい俺の機嫌を取ってくれ。場合によっちゃぁ晩餐会には出るかもよ。


「殿下、実は晩餐会に至った経緯がありまして」


そうそう。人にものを頼むより、まずはその説明が先だと思うぞ。俺は知っているがな。バリー・レイズだろ。一応、頷いて見せてやった。聞く耳はまだあるってポーズだ。


ほっとしたのかデルフォードは、ふぅーっと胸を撫で下ろす。


あらら。何を安堵あんどしている。まだ説明のせの字もしちゃぁいないんだぞ。分かった。正直、俺は晩餐会の説明なんてどうでもいいんだ。それより、エトイナ山行きの道筋が立ったことを、なぜおまえの宴会の場で俺が盛大に報告しなければならないかってことだ。


「デルフォード、忘れてはいまいか? 俺たちがシーカーに会いに行っているのは国民には内緒だったはずだぞ」


「あ、はい。あの時はそうでしたが、こうやって殿下も無事に帰って来られました。もう内緒にする必要はないでしょう。サプライズです。殿下が戴冠式に出席しなかったわけが国民に広く知れ渡るのです」


ふーん。俺が皆の前で、ちゃんと仕事してましたって、言い訳するんだ。そうじゃぁないだろう。


「それはそれは有り難い。で、シーカーはどうするんだ? ずっと昔から王族のみの秘密だったんだぞ」


「も、もちろんです。それは内密にして頂き、殿下がエトイナ山までのルートを確保した、でよろしいではありませんか。実際、そうなのですし、そもそもこのわたくしはエトイナ山行きの式典を大々的に催すつもりだったのです。国民も喜ぶ。国威発揚です」


ふむ。なるほどな。おまえの魂胆は別として、式典は一理ある。


魔法が使えるというのは魅力的だが、長城の西は命の危険を伴う恐ろしい土地でもある。誰も行きたがらないそこに行くのなら栄誉が与えられてしかるべき。


デルフォードは続けて晩餐会の経緯と趣旨も説明した。俺の顔色を伺いつつ慎重に言葉を選んでいる。口調は、綱渡りする道化のようにたどたどしい。


大嫌いなキースになぶられているのも自覚しつつ、己の目的を実現しようと一生懸命だ。見ようによっちゃぁ可愛げがあるとも言える。決して有能ってわけではないが、人たらし的な魅力を感じないわけでもない。おそらくはこんなところが、アーロン王に気に入られたのだろう。因みに晩餐会に至った経緯いきさつは俺たちが聞いたものと何ら変わりなかったがなぁ。


「分かった。おまえの進言通り晩餐会に出るとしよう。が、デルフォード君」


そこでわざと言葉を止め、デルフォードの目を凝視する。


「え? まだなにか」


デルフォードの額につつっと汗が流れる。


「君らしくもないぞ、デルフォード君。大事なことを忘れてはいまいか?」


「………。他に、ですか?」


やはりこいつ、さっきから自分のことでいっぱいいっぱいのようだ。周りが全く見えていない。


「ここにも酒と飯を運ばせてくれないか、デルフォード君。バリー・レイズほどでもないが、俺たちも微力ながら働いたんだ。ねぎらって貰ってもばちは当たらないと思うがな」


背油増量ギトギトの嫌味だ。はっとなってデルフォードは部屋を見渡した。イーデンはもちろん、ハロルドにカリム・サン、フィル・ロギンズ。彼らの顔は見知っているはずだ。他の者はどなたかなって顔をしていた。


「これは失礼。君が自分の要件ばかり言うものだから、紹介が遅れてしまった。俺の新しい友人たちだ」


机から立ち上がり、女戦士二人の横に立った。


「アビィ・グリーン殿とジーン・コックス殿だ。彼女らなくして旅は成功しなかった」


デルフォードはシーカーだと察したようだ。警戒する目つきと好奇な眼差しをないまぜにして目をパチクリさせている。


そもそもシーカーに手助けを求めるための旅だったんだ。これで驚いていたら話にならない。俺はソファーの後ろに立った。


「そして、こちらは他国からの来賓の方たちだ。コウ・ユーハン殿で、こちらはウマル・ライスマン殿。タァオフゥアとファルジュナールの王家からわざわざお越し頂いた。デルフォード君、粗相そそうが無いよう宜しく頼む」

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