第129話 自称王


アジトに入った時、内心でバリー・レイズを戦力になるかもと半ば面白がっていた。カリム・サンとフィル・ロギンズもその心境とどっこいどっこいだったと思う。それがバリー・レイズを目の当たりにしてカリム・サンとフィル・ロギンズは面白くなさそうなつらをしている。


俺もそうだが、想像する英雄とは程遠かったようだ。捕虜の扱い方がな、どうにもやるせない。


食料も水も与えず辺境の街からここまで、女子供関係なく鞭を打ちつつ連れて来たらしい。王都の地を踏めたのはそのうちの三百人ほどだった。どれだけの遺骸を野に捨てて来たのか想像に難くない。


分かり合えるとは思えない。味方となって共に戦うことは出来なさそうだ。もちろん、敵となったら厄介だ。


その想いは、アジトに残ったイーデンやハロルドも同じだったろう。終始、こわばった表情でカリム・サンらの報告を聞いている。


魔法を使えるという我々の優位性も考え直さなくてはならない。王国にとって俺たちは貴重な人材であったはずだ。これからエンドガーデンの情勢は混沌としていく。俺たちがタァオフゥアとファルジュナールの王族に狙われたのはいい例だ。


本来、国を守るのは王族の仕事だ。だから、国軍の司令官の任につく。魔法はこの世界では唯一無二の力であり、権威だったのだ。


だが、噂が本当なら全てがひっくり返る。もし、王太后エリノア・バージヴァルがバリー・レイズなる人物を司令官にねじ込んだとするならば、エリノアはそもそもアーロン王なんて糞食らえだったということになる。もちろん、魔法なんて歯牙にもかけていない。


だが、何も驚くことはない。むしろ、俺の推測に筋が通っただけのこと。後は確かめるのみ。そう難しいくはない。王都にいればそのチャンスはいずれ巡って来よう。


カリム・サン、フィル、ラースの三人は報告を終えた。結果、まとめるとこういうことになる。


州軍の反乱鎮圧の失敗は竜王の門に大きな衝撃を与えた。民主政治が始まったばかりである。執政デューク・デルフォードは閣議を開き、善後策の検討に入る。そこで浮かび上がってきたのは他国の王族の陰である。


兵が消えたり、突然死んだりと兵に恐怖が蔓延し、統率できない状況にあったという。閣議はリーマン・バージヴァル、もしくは前々王アンドリューの弟の派遣を検討した。前々王アンドリューは八人兄弟の長男であり、弟がまだ二人生きている。


それに反対したのが王太后エリノアである。ゼーテの王太子ハーライト・ソーンダイクが竜王の門に滞在するものの、魔法を使える者は数少ない。国境の街に割くには分が悪すぎると言うのだ。


だったらハーライト・ソーンダイクに頼んで、ゼーテに救援を求めればいい。だが、それも出来なかった。それこそ国家の恥を世界に知らしめるというもの。


政治体制を一新したばかりなのだ。おそらくは、これが敵の狙いだったのだろう。竜王の門では俺の帰還が一縷いちるの望みとなっていた。


とはいえ、国境の街は予断を許さない状況になりつつあった。王を名乗るような輩が出て来たのだ。ブライアン王は魔法が使えない。使えない者が王になれるのであれば俺だって、とその者はうそぶいたのである。


竜王の門は慌てた。俺の帰還を待つ間、国軍は動かせない。そう言った事情も知らない自称王は州軍の惨敗となかなか動かない国軍を例にとって政府や議会が役立たず、何も出来ない愚か者たちだと、公然と批判の声を上げたのだ。


このまま放置すると王を名乗る者があちこちから出て来てしまう。民主化の失敗どころではない。執政デルフォードは他国に助けを求めることが出来ないのならと王太后エリノアに再度リーマン・バージヴァルの派遣を泣きつく。


ところが返って来た答えは、王太后自らが立つ。エリノアが自ら軍を率いると言い出したのだ。王族が指揮官なら国軍の体裁は保てる。だが、肝心の魔法使いには勝てない。みすみす王太后を失うようなものである。


反対するデルフォードに、ならば魔法使いに勝てさえすれば王族でなくとも、国軍を率いてもいいのだな、とエリノアが言ったという。


そして、連れて来たのがバリー・レイズだった。


とはいえ、バリー・レイズは幼さが残るあの容姿である。エリノアは思慮深く、賢いのは周知の事実だ。閣僚連中はエリノアの真意が掴めなかった。不可解過ぎて、どさくさに紛れて男妾に地位を与えようとしているのではないかと考えた者が出たらしい。この国は終わったと嘆いたそうだ。


もちろん、エリノアはとち狂ってはいなかった。閣僚連中の前でバリー・レイズは技を披露したという。魔法陣を出さずとも魔法のごとく消えて、別の場所に立っていた。


到底人間業とは思えない。肉体の強さのみでそんな芸当をやってのけたのだ。これなら魔法に勝てるかもと誰もが思った。しかも、これまでさんざん政治上離れ業をやってのけたエリノアのお墨付きである。閣議でバリー・レイズの国軍司令官は承認される。


後は街の噂通りである。バリー・レイズは一人でタァオフゥアとファルジュナールの王族を倒す。残りは赤子の手をひねるようなものである。押し寄せた国軍にあっという間に飲み込まれていった。


結局はバリー・レイズがどうやって魔法を打ち破ったのか、俺達には分からなかった。ただ、強さの秘密は垣間見えたと思う。


閣僚の前で披露したという人間離れした超スピード。そして、これは俺の憶測だがバリー・レイズのプレートアーマーはヴァルファニル鋼。この二つは何らかの関係があるとみていい。


今夜は国王主催の晩餐会が催される。国軍の勝利を祝うためのものだ。もちろん、主役はバリー・レイズである。


招待客は王族、それに連なる貴族たち、閣僚、国会議員、州知事、財界の重鎮、名のある騎士等、百名を超えるという。


やがて日が暮れると俺たちはアジトを出た。通りは店の明かりで照らされ、多くの人が行き交い、たむろし、酔っぱらっていた。誰も俺たちを気にも止めない。俺たちのように仲間で固まって歩く者らは幾らでもいた。

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