第128話 凱旋パレード
やることのない俺たちは、おのおの思い思いの場所に腰を落ち着かせた。部屋は物音一つ立たない。
皆、押し黙ったまま目を閉じている。それぞれが今回の旅に思うところがあった。緊張感とまでは言えないが、気安く喋りかけられる雰囲気ではない。
どれくらい経ったのだろうか。「国軍が到着した、国軍が到着した」と叫ぶ若者たちの声が窓の外を左から右へと次々に流れていく。ザワつく声も次第に大きくなっていった。
窓から大手道を見下ろすと沿道に作られた人垣に多くの人が吸い寄せられている。国軍が王都に入ったようだ。多くの若者たちはまるで自分たちが国軍の一員かのように、「国軍が到着した」と連呼しながら大手道を竜王の門へ向かって走っている。
俺は若者が走り去る反対の方向に目をやった。イーデンもハロルドも、女戦士の一人も窓から顔を出している。二階だというのもあるが、大手道は竜王の門からなだらかな坂である。ここはそこそこ見晴らしがよかった。大手道のどの窓の住民も大手道の下った先に視線を向けている。
ほどなく道の向こうに国軍が姿を現す。先頭を進むのは黒いプレートアーマーの男。そして、その後ろには金色の近衛騎士団が続く。遠くからでも分かる。赤や黄色の花びらが先頭を行く男に降り注ぐ。
俺みたく名ばかりと違い、まさしく英雄であった。女、子供が黄色い声で騒ぎ立て、男たちはバリー・レイズの名を連呼し、エールを送る。
行進は近付いて来る。バリー・レイズの両脇では近衛騎士が長槍を立てていた。どちらもその先には首がある。噂がホントならタァオフゥアとファルジュナールの王族であろう。
バリー・レイズは灰色の髪の男だった。中肉中背。そんなに体格には恵まれていない。市民の声に答えるでもなく、真っすぐ前だけを向いていた。
冷たい目の男だった。市民には目もくれない。建物のどの窓からも花びらが降り注がれている。隣の窓の女性なぞは花びらをまき散らせながら絶叫していた。
バリー・レイズは花びら舞う中、俺たちの眼下を進む。後ろで束ねられた長い髪が揺れる。歳はキースと同じぐらいか、それより下か。筋骨隆々の雄々しい男を想像していたが、面持ちに幼さがまだ残っている。
槍に掲げられた首は俺たちの目の高さにある。黒髪の男だ。王族であるという。血が髪にこびりついてガビガビだった。
逆らった者のあるべき姿ということか。バリー・レイズに幼さが残っているだけに無邪気さゆえの残酷さを感じてしまう。
しかし、どういういきさつでこのバリー・レイズが国軍の司令官になったというのか。
国防省や近衛騎士団には優秀な人材が数多くいる。年端のいかぬガキの出る幕はないはずだ。しかも、タァオフゥアとファルジュナールが絡んでいるとなると反乱の鎮圧も簡単ではなかったろう。
あの無能で抜け目ない執政や大臣たちがよくも思い切った決断をしたものだ。もしかして、裏でタァオフゥアとファルジュナールが糸を引いていたと思ってなかったのかもしれない。俺もそうだった。安易に構えていてえらい目を見た。ところがなんの偶然か、この異例の人事が図に当たった。
いや、そんなことはない。単なる偶然とは思えない。こいつには何かある。国軍の司令官にねじ込めるとしたら誰か。考えるべくもない。王太后エリノア・バージヴァルだ。
そういや、バリー・レイズのプレートアーマー。他と違うような気がする。近衛騎士団のプレートアーマーは
イーデンのはバリー・レイズと同じ黒色。鉄製で、同じような黒であるが、バリー・レイズの黒には輝きがある。黒曜石の光沢に似ているようで、黒ガラスのようでもある。塗装して出した色のようには見えない。
この世界に来てプレートアーマーはいくつも見たが、初めて見るような素材だった。あるいはもしかして、あれがヴァルファニル鋼。
賢いドラゴンの弱点、俺以外でルーアーを破壊できる唯一のものとヤールングローヴィが言っていた。もし、本当に、あのプレートアーマーがヴァルファニル鋼だったとしたら、俺は何も分かっちゃぁいなかった。
エリノアに底知れなさを感じた。ヴァルファニル鋼をエリノアの息がかかっている者が身に着けている。
凱旋パレードは続いていた。近衛騎士団、国軍の将兵と続き、目下通過しているのは罪人たちである。反乱の首謀者らと暴徒三百人。首輪と手かせで繋がれていた。立ち止まれば騎士を乗せた馬が飛んできて、容赦なく鞭に打たれる。
女も子供も関係ない。ひどいもんだ。鞭を打たれても動かない者はその場で切り捨てられる。王都の市民は口汚く罵り、汚物を浴びせかける。花びらで埋もれていた石畳が、今は見る影もない。大手道は汚物で足を取られる有様だった。
☆
通りが静かになって、街に出た女戦士とラース・グレンがアジトに姿を現す。ラース・グレンは杖を突いた長身の髭男だ。王都で在地のシーカーを率いている。
クレシオンの戦いの後、単身で転がる岩の里へ向かった。現地では会うことが出来なかったが、一足先に王都に舞い戻っていた。不在にしていた間の王都で何が起こっていたか情報収集はしたのであろう。彼の仕事でもある。そのためにシーカー十二支族はエンドガーデン全土に人を住まわしている。
ラース・グレンの少し後にカリム・サンとフィル・ロギンズも戻って来た。夜までは時間がある。当初の計画通り、俺たちの帰還は出立した時と同じように人知れずに行われる。
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