第127話 熱気


皆の目の色が変わった。瞳の輝きに決死の覚悟が見て取れる。


カリム・サンらはこの国、いや、この世界を救うべく今、戦っているのだと心底理解したようだ。ドラゴン語の開放はただ単に政争の具ではない。


「今日を入れて三十日後、龍哭岳りゅうこくだけ大岩壁の下で落ち合う手筈となった。俺たちは皆、ドラゴンに乗ってエトイナ山に向かう」


俺は一人ひとりに視線を向けた。


「わかったな。俺達には何にも勝る重要な目的がある。捕虜は二人で十分。あれもこれもとあまりに欲張ると足元をすくわれる。そうは思わないか?」


カリム・サンはこくっとうなずいた。


「だから、あのドラゴンに捕虜の記憶を消す魔法を頼んだ。捕虜五十五人は解放されても、もう俺たちを狙って来ない。命令されたこと自体、記憶にないからだ」


俺はカリム・サンの肩を叩いた。


「俺たちが急いで塔を引き上げていたのは理由がある。シーカーには掟があるんだ。ドラゴンに騎乗してエンドガーデンには入ってはならない。タイガーはそれを押してまで使いを出してきた。だから、誰にも見られてはならなかった。俺もそれは分かっていたが、俺たちの都合であのように一仕事してもらった」


実際はタイガー本人が来たのだが、それはまだ言うまい。敢えて、使いと言った。それについては後日、ハロルドが尋ねて来た。タイガーにはドラゴンの仮面をかぶった愛童がいると聞いている。それがあいつかと。





王都センターパレスは異様な熱気に包まれていた。市街地から竜王の門に通ずる大手道はまるでパレードを待つかのように大勢の人々が集まっている。


俺たちを待っていたわけではない。俺たちの旅の目的はもちろん、旅に出たこと自体、誰にも知られてはならなかった。そのために出立の日をブライアン王の戴冠式に当てたのだ。


ことを大きくせずに、静かに帰還するつもりだった。途中、草原の渡し場で、干し草を山に積んだ馬車を積み荷ごと買った。王都に近付けば近付くほど道の通行量が多くなる。俺たちは干し草の山に雨男と北風小僧を隠して王都に入ろうとした。


道中、誰にも怪しまれなかった。つけられていた気配もない。なのに王都についてみればこの騒ぎだ。竜王の門への大手道は多くの人々で塞がれている。


迂回したとて結局は竜王の門で人々の目にさらされてしまう。祭りの時期でもなく、国王に何か起こった訳でもなさそうだ。人々は嬉々としている。


郊外で行き交う人々を呼び止めて事情を訊く。どうやらゼーテとの国境近く、貿易の盛んな都市で反乱が起こっていたらしい。州軍では解決できず、派遣された国軍がそれを鎮圧して帰還するという。


指揮官はバリー・レイズという男だ。聞いたことが無い。名前からして王族でないことは確かだ。民主政治となり、埋もれた人材に日の目が当たるようになったのだろうか。以前の国軍なら指揮官は王族か、それに近い貴族だった。


そういったことで王都の市民は自分たちの身内から生まれた英雄に熱狂していた。だが、耳を疑う噂もあった。バリー・レイズは一人でタァオフゥアとファルジュナールの王族を倒したという。


国境の街での反乱は当初、数十人規模であった。王政復古を高らかにうたい、首長の屋敷を襲撃し、立て籠もった。


裕福で知られる街であった。浮浪者や食い詰め、職にあぶれた傭兵らがぞくぞくと街に流入し、街の破壊、強盗、殺人が相次ぎ、そこに元々いたギャングの抗争もあいまって、治安は急速に悪化していく。すぐに州軍も動いたが、敗走するのである。


俺たちは夜までシーカーのアジトに身を寄せることにした。シーカーは王都に幾つものアジトを持っていてそこを絶えず移動している。俺たちは噂のバリー・レイズを見てやろうと女戦士らにそれが出来る場所に案内させた。大手道を見下ろせる建物の二階である。


もちろん、雨男と北風小僧も一緒だ。裏道から人に見られないようにここに連れて来きた。


大手道のアジトにはシーカーが誰一人いない。女戦士の一人が着替えると仲間に帰還を知らせたいと出て行ってしまった。仲間がいる別のアジトに向かうのだ。


女が出ていくとフィル・ロギンズも街に出たいと言い出す。情報を得るために官僚の知人に会うと言うのだ。フィルは今や魔法博士だ。普通の人間が魔法使いに太刀打ち出来るのかと疑問を持ったようだ。


カリム・サンも同様であった。クレシオンでは魔法に痛い目を見た。その魔法に平民が打ち勝ったという。バリー・レイズなる人物に興味を持ったようだ。カリム・サンは、いまだ議会にはコネがあると言う。元は議会のスパイだから行かせればそれなりの情報は手に入れて帰って来よう。


時間はたっぷりとある。俺たちは咎人でも何でもない。隠れる必要もないのだがただ、タイミングがなぁ、とは思う。こうなるとかえってバリー・レイズなる人物の栄誉に水を差したくないとも思える。俺たちもタァオフゥアとファルジュナールの王族を倒した。だが、王都は平民から生まれた英雄バリー・レイズに熱狂している。


良く言えば順番待ちだな。俺としてもバリー・レイズなる人物に興味がないわけでもない。魔法無しで魔法に対抗できるというのが本当なら、大歓迎。戦術の幅も広がるってもんだ。俺はカリム・サンとフィル・ロギンズに、街に出ることを許す。


すぐには帰って来られまい。バリー・レイズの雄姿を見逃すことになる。「ここは特等席だぞ、それでも行くか」と取り敢えず念を押しておく。


「沿道で見ますから大丈夫です」


二人の気持ちは変わらない。二人はおのおのの目的のため出て行った。

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