第126話 白魔法
やはりカリム・サンは突っかかって来た。見渡す限り草原で、馬は機嫌よく草を
捕虜がいる前で話は出来ない。あんまり五月蠅いんで先ほど俺は馬を降り、朝食を兼ね休憩とした。
まぁ、誰も朝食の用意なんてする気がないがなぁ。俺は馬車道を離れ、草原へと足を踏み入れる。カリム・サンはもちろん、イーデン、ハロルド、フィルも付いて来た。
馬車道では女戦士二人が雨男と北風小僧を監視している。二人だけを残し、俺は四人を引き連れずんずんと草原を進んでいく。カリム・サンは相変わらずすぐ後ろでえらい剣幕だ。自分たちが助かるために、敵であろうが人の命を、それも王族に命じられただけの弱者をドラゴンのおとりにした、というのが我慢ならないらしい。勝手な妄想だ。
説明によっては俺と決別するとまで言い放った。やはりイーデンとハロルドは、昨夜俺がドラゴンと出かけたのをカリム・サンとフィル・ロギンズに話していない。
当然といやぁ当然だ。どう説明していいのか分からなかったはずだ。いや、そもそも彼らが説明してほしいくらいだろう。なぜドラゴンに人が乗っていたのかを。
雨男と北風小僧に聞こえないよう風向きを考えて、ここならいいだろうと足を止める。
「あれはな、カリム・サン。ドラゴンに襲われたのではない。俺が頼んで一か月ほど捕虜の記憶をなくしてもらっただけだ」
「はぁ? 殿下が頼んで? ドラゴンに? 馬鹿も休み休み言ってくれ!」
やれやれだ。こいつの無礼は会った時から全然変わっていない。まぁ、いつも驚かせてばっかりだしな。いや、騙したこともあったっけ。
はは。ずっと怒られっぱなしだな、俺は。こいつの想像するドラゴンは、ゼーテを襲ったはぐれドラゴン一択なんだろうし、説明はそっから始めるとするか。
「殿下が申されているのは、あながち間違いではない」
フィル・ロギンズだ。はて? フィル・ロギンズが助け舟を出すとは。
「あのドラゴンの発した魔法。あれは白魔法です」
「白魔法? 今回のことにそれがどう関係するんだ! フィル!」
「おもに癒しに使われます。もし殿下がおっしゃる通り記憶を消す魔法であるならば、トラウマなどの治癒に使われる魔法なのでしょう」
カリム・サンとフィルはずっと一緒にいた。同じく何も知らされてないもう一方がそう言うのならカリム・サンとて自説の弱者云々は否定せざるを得ない、はずだった、が。
「じゃぁ、あのドラゴン! あのドラゴンはなんなんだ!」
融通が利かないっつうか。まぁ、それで強化外骨格は守られたんだろうがな。
「なんであそこにドラゴンがいたんだ。俺たちはなぜ、あれから逃げていたんだ」
それについてはハロルドが口を挟んだ。夜に人を乗せたドラゴンが突然やってきて、俺をシーカーの里に連れて行ったと。
ふむ。それは逆効果だな。
「なぜ来たのがドラゴンなんだ。なぜドラゴンに人が乗っているんだ。シーカーの里に行くとは言ったが、シーカーとドラゴンは仇敵同士じゃぁなかったのか。いや、それ以前になんでそれを俺たちに知らせなかったんだ! 知っているものは誰だ! 誰が知っている!」
案の定だ。全方位当たり散らすカリム・サン。だが、仕方がない。ハロルドとしても俺に訊きたいぐらいだ。それはイーデンとて同じだろう。
「シーカーはドラゴンと共生している」
シーカーの里がどういうものか話してやった。世界樹とドラゴンの関係、ドラゴンとシーカーの関係、そして、シーカーと世界樹の関係。彼らには隠すことはない。これから共にジンシェンの背中に乗ってエトイナ山に向かうのだ。
「ドラゴンに騎乗する者を、シーカーらはドラゴンライダーという。大勢いて、昨日やって来た者もその一人だ」
皆、驚きを隠せない。彼らのシーカーへの共通認識は自分たちより遅れた未開の民である。ショックを受けているのかどの面も顔色が良くない。だが、何度も言うが、これは仕方がないことだ。俺はこの世界の常識を覆すようなことを言っている。
「イーデン殿、契約の旅は一週間で可能か?」
イーデンははっとした。王族の男子は成人するとローラムの竜王と契約するためにエトイナ山に行く。その道程は早くても一か月。俺は一週間で契約を済まし帰って来た。徒歩ではまったく不可能な道のりだ。
だが、ドラゴンに乗ってならどうだ。
ということはだ。カール・バージヴァルが前王アーロンに謁見の間で言った口上、あれは嘘ではなかった。ここにいる彼らは皆、カールの言葉をまるっきり忘れていた。王族の力の源泉たるドラゴン語が国民に広く開放され、開かれた政治が行われることに心が捕らわれていたのだ。
もちろん、カールの言ったことは全部が正しいってわけではない。俺はローラムの竜王がこの世界からいなくなるとまでは教えてなかったし、二年前ゼーテで起こったドラゴン騒動の真相も正しく話してはいない。
イーデンの額に汗が流れていた。他の三人も表情に血の気を失っている。ゼーテを襲ったドラゴンがどういう姿をしているのか噂に聞いているはずだ。
魔法が使えない餓えたドラゴン。それとアトゥラトゥルは明らかに別物。皆、目の当たりにしたはずだ。魔法を自在に操り、人以上の知能を持つ。
他大陸とかどこから襲って来るはこの際どうでもいい。それが大挙してエンドガーデンを襲って来たならば。
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