第125話 撤収
「カリム・サンとフィル・ロギンズには北風小僧と雨男を連れて急いで塔を降りろと言ってくれ。シーカーの女戦士たちには捕虜五十五人を頭頂部に集めるように。捕虜には、言うことを聞けば王族を解放すると言ってやれ。それと決して騒ぐなともな。イーデンには地雷とシュガールを解除し、今すぐここに上がってくるよう伝えてくれ」
分かったと返事を残し、ハロルドは頭頂部から降りて行った。
「ラキラ。すまないが、」
ラキラは傍にいた。ドラゴンのアーメットヘルムを被っている。
「もうちょっとだけ付き合ってくれないか」
ジュールはすでにラキラの防具になりきっている。
「もちろん。黒い騎士さんの魔法を解除しなくてはね」
イーデンは己の五感がアトゥラトゥルに伝わるという魔法がかけられている。俺の理屈では発動中の魔法は竜王の加護で無効にできる。だが、それはあくまでも応急処置だ。やはり正規のやり方でしっかりと解除して貰う方がいい。リスクは排除する。魔法の理屈が分からない限り、むやみに竜王の加護を多用するべきではないと思う。
「それと記憶をなくす魔法でしょ」
俺は捕虜五十五人をここに集めろと命じた。ラキラは自分たちの役目を心得ている。
「すまない。出来れば、全てではなく一ヶ月程度の記憶をなくしてほしい。出来るか?」
「大丈夫。難しくないわ」
捕虜五十五人引き連れて王都への移動は辛い。なにしろ目立つことこの上ない。移動速度も遅くなるうえ、敵からの攻撃がないとはいえない。
俺たちは少人数だ。戦いとなれば捕虜には人員を割けない。かといって、監禁したまま置いてもいけまい。ここはゴーストタウンだ。人が通りかかる可能性は限りなくゼロに近い。
イーデンが頭頂部に上がって来た。戦闘した日を入れてここ六日間、ずっとシュガールと地雷を展開し、警戒態勢を維持している。俺の前でひざまずく。イーデンもハロルドと同じくアトゥラトゥルにもう驚きはしない。
「ご帰還、恐悦至極」
「心配をかけた。おかげでエトイナ山への道筋はついた。王都に帰還する」
イーデンは疲れているようだった。動きに精彩を欠いている。言葉にも張りがない。
「立ってくれ。貴殿にかけた魔法を解きたい」
「御意」
イーデンは重々しく立ち上がった。その姿勢でしばらくいたが、何も変わったことは起こらない。
「ハウル殿、」
俺はラキラとは呼ばなかった。
「アトゥラトゥルの魔法は消えたか」
ラキラはアトゥラトゥルに視線を送った。声を出さずとも心でアトゥラトゥルの言葉を聞き取れる。
「ああ」
ハウル殿と呼ばれたのにラキラは察したようだ。男言葉である。
「解除は完了した」
これで晴れてイーデンは自由となった。
「疲れたろ、イーデン殿。これから塔を降りる。もう少し頑張ってくれ」
「御意」
「ハウル殿は捕虜に気付かれないよう上空で待機してほしい。街を走る松明を合図とする」
「わかった。合図を待つ」
ラキラがアトゥラトゥルに飛び乗るとアトゥラトゥルはするすると蛇のように石板タイルに体を滑らせ、態勢を反転させる。塔からのダイブだ。落ちて行ったかと思うと急上昇。もう空の彼方だ。
ラキラ、しばしの別れだ。ジュール、頼んだぞ。ラキラを守ってくれ。
「撤収だ。イーデン殿」
イーデンがふらっとよろけた。俺はすかさず肩を貸す。
下の階に行くと捕虜でいっぱいだった。シーカーの女戦士二人がテキパキ指示し、捕虜に俺たちの道を開けさせた。
ハロルドもいた。階段を上る列を割って進んでくるとイーデンの、空いている方の脇に入り、俺と挟むようなかっこでその体を支える。
「雨男と北風小僧はもう降りている」
「俺たちも急ごう」
俺たち三人は並んで階段を下りていく。塔を半ばまで下りたところで後ろから女戦士らが合流した。捕虜は頭頂部に集められ、下へと降りる扉には施錠をした。といっても、雨水避けの薄っぺらい木製の扉だ。年季も入っていて木も腐っている。何時間か頑張ればぶち破れよう。
シーカーの掟では、里の長であってもドラゴンに騎乗してエンドガーデンに入ってはならないとある。
ラキラはタイガーだ。それにはあたらないと信じたいところだが、人目に付くとなるとタイガーといえども問題となろう。俺たちの都合でラキラの立場を悪くはしたくない。
俺たちは地上一階に到達した。もちろん、イーデンの地雷は解除されている。先を進んでいたカリム・サンとフィル・ロギンズ、そして雨男と北風小僧は出口で待機していた。塔の外には馬が待たせてある。
クレシオンの戦いの際、街全体に地雷を張るために馬は街外れの廃屋に隠した。戦いが終わった後は塔の一階に結ばれた。俺は馬に乗ると、捕虜二人の頭に麻袋をかぶせるようカリム・サンに命じる。ハロルドには松明を灯させた。
全員騎乗するのを確認し、馬を走らせる。ゴーストタウンの道なき道を突っ切っていく。雨男と北風小僧の馬は女戦士らそれぞれが手綱を引いている。悪路の中、その手綱を巧みに引き、二人を落とさぬよう馬を走らせていた。
上空からでも俺たちが退避したのは見えるだろう。松明の炎は火の粉を巻き上げ、煙は尾を引いている。そもそもが暗いクレシオンの街並みだ。空がまだ薄暗いなら俺たち一団は映えるはず。
振り向けば、塔の上にアトゥラトゥルの姿があった。ゆっくりと羽ばたきながらホバリングしている。朝焼けに、青い鱗の体が赤く染まっていた。
長城の西に行ったことのあるイーデンとハロルドでさえその姿に当初はビビっていた。初見のカリム・サンとフィル・ロギンズなら度肝を抜かれていること間違いなし。
なにしろ目に映る光景があのアトゥラトゥルだ。翼長が百メートルちかくある。対して塔の高さは百二十メートル。王家に対抗するべく建てられたガーディアンが見る影もない。二人がどんな面をしているか見ものだが、俺の後方を駆け、しかも二人ともが振り向いてアトゥラトゥルに釘付けになっている。
あるいは、驚くと言うよりも、カリム・サンなどは誤解したかもな。自分たちがドラゴンから逃れるために捕虜五十五人を生贄にしたと。
後でえらい剣幕で突っかかって来ると容易に想像できる。塔の上空には白い魔法陣が現れている。それが下りてきて頭頂部に接すると神々しい光を放ち、やがて消えていった。
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