第122話 ルーアー
『賢いドラゴンはどうやって倒す。頭を半分失ってもやつら、ピンピンしてやがる』
赤道が閉じられた。宙に浮いていたヤールングローヴィがストンと地に落ちる。地面をたたくドンッと脳髄を震わすほどの衝撃に俺は突き上げられた。ヤールングローヴィはというとそこでコマのようにクルクルと回る。
回転の速度が上がっていく。やがてそれに比例してヤールングローヴィの体も徐々に浮かび上がる。突然ピタっと動きを止めた。昆虫のような目が寸分たがわず俺の前に有る。
も、もしかしてキレているのか、こいつ。例によって赤道が割れた。
『そんなことを知らないで君は、よくも堂々とラキラのそばにいられたもんだな!』
マジでか。うかつだった。落ちたところにクレーターが出来ている。浮力を失ったからではなく自らの意思で地面に激突したんだ。
まずかったか。ヤールングローヴィとしては曲りなりにも好奇心を抑えているのにもかかわらず、事の張本人はなんの悪びれる様子もなく己の好奇心を満たそうとしている。と、そう思うわな、こいつの場合。
だが、言った言葉を引っ込めるつもりもない。さて、どうしたものか。
『しかたない。時間がないから手短に言う』
答えた。怒ってなかったのか。いや、さっきのドンッて落ちたやつ、あれは明らかに怒っていた。グルグル回っていたのは己に冷静さを取り戻させるためのもの。ラキラのためを思って己を抑えたんだ。
『賢いドラゴンとはぐれドラゴンの違いはルーアーの有るか無しかだ。アンデットはルーアーだけで動いている。ルーアーは通常の武器では壊せない。ヴァルファニル鋼。あるいは君だ。竜王の加護。これで満足したろ! さぁ、早く行け!』
ルーアー。ヴァルファニル鋼。そして、竜王の加護。
『すまない! 恩にきる!』
俺はラキラの元へ走った。ラキラもこっちに向かって来ている。ヤールングローヴィにお礼でも言いたいのだろう。だが俺は、すれ違いざまにラキラの体をさらい肩にかつぐ。
下ろして、と言うラキラを無視して走った。そして、アトゥラトゥルの前に立つとその長い首にラキラを乗せる。
『アトゥラトゥル! 飛べるか? ここにいては危ないらしい!』
納得がいかないラキラだったが、すぐに表情が険しさに変わった。ラキラはヤールングローヴィの言葉を聞いたようだ。彼らは声を発しなくても心の声でコミュニケーションが取れる。
「ごめんなさい」
ラキラがアトゥラトゥルの首を抱いた。
「もう少し力を貸して」
俺もラキラの後ろに飛び乗った。
アトゥラトゥルは俺たちを乗せたまま、蛇が鎌首をもたげるように長い首を上げた。俺たちはどんどん地上から離れていく。ばらばらと瓦礫や埃が落ちていく。
眼下に広がる森へとアトゥラトゥルの首が向けられたかと思うと百メートルほどある翼が広げられる。そして、アトゥラトゥルは荒れた石ばかりの山腹を二度三度、蹴って下っていく。さすがは里の主の回復魔法である。アトゥラトゥルは完治している。
ハングライダーが飛び立つ時のようにアトゥラトゥルの体が宙に浮いた。ジュールが慌てて走ってきて、地面を滑るアトゥラトゥルの長い尻尾に飛びつき、しがみつく。
アトゥラトゥルが羽ばたく。地表にいるヤールングローヴィはあっという間に米粒ほどである。
俺はラキラの背中を抱くように座っていた。すぐそばに冷え切ったラキラの顔がある。
「ごめんなさい。ヤールングローヴィ」
振り返り、地表を見るラキラの顔が近くてその言葉はよく聞き取れた。ヤールングローヴィはラキラの安全が確保されるまであの場に留まるつもりのようだ。
悪いことをしたな。確かに俺はドラゴンのことを知らなすぎる。
―――ルーアー。そして、ヴァルファニル鋼。魔法についてもだ。よく知ればもっと上手くやれたはずだ。ヤールングローヴィの言う通り、これではラキラを守れない。
ジュールが俺の背をよじ登ってくる。離陸する時に掴まった尻尾からやっとここまで来たのだ。俺とラキラの狭い間に無理やり体をねじ込んでいく。もう離さないって言わんばかりにジュールはラキラの背に張り付いた。
『ルーアーは魔核ともいうんだ』
ジュールのドラゴン語だ。俺とヤールングローヴィの会話を聞いていたのだ。ドラゴン語は魔法陣を見ることで意思疎通を行う。正確には、ジュールは俺たちのドラゴン語を見ていた。
『ヤドリギを持つとルーアーが体の中に現れる。どこに現れるかは固体によって色々さ』
ドラゴン語なら風切り音の中でも容易に意思疎通出来る。
『ヤドリギを守らないといけないと同時にドラゴンは自分のルーアーも守らないといけない。どちか失ったら、はぐれドラゴンになる。ヤドリギから離れる時間を長くしてもいけない。ルーアーが失われていくから』
『そのルーアーとやらがどこにあるのか、外見から知ることは出来ないのか。目印とか』
『ロード・オブ・ザ・ロードで俺の火球を消した盾があったろ。あの盾に青い石が付けてあったのを覚えているか。あれは魔法の威力を下げる効果がある。あの時の俺の魔法は貧弱だったんで消えてしまったが、一段階、二段階、三段階とモノによって下げ幅は違うんだけども、あの石で己のルーアーを守っているやつもいる』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます